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山内家
家の中も外見に負けず劣らず立派だった。所々に傷みがあり築年数がかなり経っているという事は伺えるが、古き良き日本家屋といった趣のある作りだった。広い玄関から真っ直ぐ伸びる廊下は磨き上げられ、左右にある襖を写し出している。暗くならないよう天井の所々に明り取りの窓があり自然な明かりが家の中に差し込むよう工夫されていた。
俺達が玄関の中に入ると、人が来た事に気が付いたのか廊下の奥の方から年配の女性がパタパタと、スリッパの音をたてて小走りでやって来た。
「いらっしゃい」
にこやかにそう挨拶してくれたその女性は、とても品のある綺麗な人だった。五十代位に見えるが、薄っすらと化粧したその肌は艶やかできちんとまとめられた髪も黒々としている。Tシャツにズボンというラフな格好も若々しさを助長させている。
「忍の母です。皆さんいつも娘がお世話になっていますけ」
山内の母親は滑らかな動きで正座をすると小さく頭を下げ挨拶をした。
「あ、いえ・・・その・・・」
あの自信家の叶人が口ごもっている。余りの綺麗さと、無駄のない所作に言葉が出ないのだろう。
そんな叶人を見て俺は笑いをこらえた。
「さ、どうぞ。忍さん。皆さんお疲れでしょうから、部屋へとご案内して」
「はい」
先に家にあがった山内は母親を見る事なくそう返事をすると
「どうぞ上がって」
と、俺達に笑顔を向けた。
何てことない母娘の会話だったのに、何故か俺の中では小さな違和感として残った。
ここまで送ってくれた正太郎に挨拶をし別れた後、山内の案内の元部屋へと移動する。長い長い廊下をひたすら歩いた場所にあるその部屋は玄関から一番遠い和室だった。少し大袈裟かもしれないが、歩いている最中一体いくつの襖をやり過ごしてきたのか分からなくなるほど広い。山内家に着き家全体を見て、確かに敷地は広いと思ったがここまでとは・・
「ここなの」と山内が襖を開ける。十畳位の家具も何もない寂しい部屋だった。ここまで来るのに、所々に設けられた明り取りの窓のお陰でとても明るかったのにどう言う訳かこの部屋は窓が一つもない。なので、部屋に入るとすぐに電気をつけないといけなかった。
「ええ?この部屋なの?」
案の定優菜がすぐに悲鳴にも似た声を出した。
「ごめんね。私もこの部屋じゃなくて、別の部屋を用意してもらうよう言ったんだけど・・どうしてもここじゃなきゃ駄目だって・・・他のお客様が大勢来るからって言われて・・」
山内は申し訳なさそうに言った。
「他のお客様って、私達だって客でしょ?こんな暗くてジメジメしてる所嫌だわ!」
「まぁそう言うなって。成人の儀なんて言う大切な式の時に来れただけでもいいだろ?それに泊まらせてもらえるんだ」
部屋の隅に荷物を置きながら叶人が優菜をなだめる。俺も同じ場所に荷物を置き座る。来る時の峠で疲れてしまったので早く座りたかったのだ。だが、座ったのはいいが何となく尻がじっとりと濡れて来るような感覚がし逆に落ち着かない。
「それにさ、俺達はこの部屋にずっといる訳じゃない。目的が他にあるんだから。忍ちゃん。村の方は好きに歩いていいんでしょ?」
「それは勿論。今日の夜は、親戚の人達や村の人たちが大勢来るの。成人の儀の前夜祭みたいなものかな。勿論みんなの席も用意してあるからね。時間は六時から、その頃になったらこの部屋に戻ってくれる?カネさんが呼びに来ると思うから。あ、カネさんっていうのは昔からここで働いてくれているお手伝いさんなの。私は明日の準備があるからみんなと一緒にいられないんだけど・・・ごめんね」
「大丈夫だよ。カネさんが来てくれるんだね。分かった」
お手伝いさんがいる事に驚きながらも、俺はそう言いながらちらりと腕時計を確認する。まだ午後三時。後の三時間は恐らく朝比奈村の探索になるのは間違いないだろう。
早く外に出て色々と見て回りたくて落ち着かない叶人と、座る事も嫌なのか不満そうな顔をして立っている優菜を見て俺は小さくため息を吐く。
山内は、申し訳なさそうにしながらそそくさと部屋から出て行った。
「さ、俺達は探索に行くか!」
山内を笑顔で見送った叶人は一人張り切った声をあげる。
(やっぱり・・)
「行くわよ!こんな所一秒でもいたくないわ!」
(はぁ~)
張り切る叶人を先頭に二人は飛び出すように部屋から出て行ってしまった。
出来れば俺は、予想外の長旅で疲れた身体を少しでも休めたかったのだが仕方がない。
「よいしょ」と若者らしからぬ声を出し立ち上がるとのそのそと部屋から出た。
又、長い長い廊下を歩いて行く。明り取りの窓から差し込む光のお陰で気持ちのいい木漏れ日の中を歩いている感覚になる。
「・・・・・・・」
「ん?」
今何か聞こえたような気がした俺は足を止めた。しかし、耳を澄ますが何も聞こえない。
気のせいだったのかとまた歩き出した時
「・・・おちご」
「え?」
今度はハッキリと聞こえた。だが廊下には人の姿はない。どこかの部屋から漏れ聞こえてきた声だったのだろうか。確認したくても、全ての部屋の襖はピタリと閉まっている。勝手に開けるわけにもいかない。
聞こえ方からして、自分のすぐ後ろから聞こえたような・・・
そう思った瞬間、突然背中に冷たい風を当てられたかのようにゾクゾクと身震いした俺は急いでその場から走り去った。
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