18人が本棚に入れています
本棚に追加
驚愕
駅から朝比奈村までの道のりは遠く、峠を二つ越して行く。途中、二つの分かれ道にぶつかった。前はその分岐点に、左が朝比奈村。右が片庫裡村の木の案内板があったはずなのだが、今は真新しい木の板に朝比奈村と大きく書かれた案内板しかなかった。
それに気づいた叶人は不思議に思ったが、正太郎の言った驚く事というのに繋がるのだろうと思い黙っていた。
朝比奈村を一望できる場所に車を止めた正太郎は
「降りて見て見るけ」
「はい」
叶人と優菜は車を降り朝比奈村全体を見た。一番初めに目に飛び込んできたものに二人は驚き目を奪われる。
「これ・・」
「嘘・・・」
朝比奈村は、北にそびえる双子山の麓に広がる村だ。以前来た時に見た双子山は、鏡に映したように瓜二つの山が並んであったが、今目の前にある双子山はそれぞれが半分づつ無くなっていた。丁度、山同士が隣り合う場所が離れてしまったかのように。それにこの形・・・
「叶人・・これって・・」
「うん・・俺も思った。この形って、あの祠にあった頭が二つあるお地蔵様そっくりだ」
「だよね。よく見てよ。左側の山。何か笑ってるように見えるし、右の山の方は苦しそうな顔してる」
優菜の言う通りだった。崩れてしまった事で大半の木々がなぎ倒され山肌が見えてしまっているが、デコボコとした凸凹が偶然にもそう見えるのだ。
「山は一つだけが崩れたんじゃなかったけ。隣の山を道連れにして崩れ、あそこで止まったけ」
正太郎が二人の近くに来て言った。
叶人は、頭が二つの大きなお地蔵様に見下ろされている朝比奈村を改めて見渡した。
「あれ?こっちの村はもしかして片庫裡村ですか?」
「ん?ああそうけ」
「朝比奈村と片庫裡村を区切っていた竹林がなくなってる」
「そ、俺が朝比奈村と片庫裡村の若い連中と一緒に境界線をぜ~んぶ引っこ抜いてやったけ」
正太郎は少し胸を張りながら言った。
「ええ?そんな事して大丈夫だったんですか?」
叶人も優菜も驚いた。
「大丈夫、大丈夫。もう妙の呪いなんちゅうもんは無くなったけ。いや、違うな。最初から無かったと言った方が正しいけ。年寄り連中はやいのやいの騒いでるが、そんなの構わんけ「この村は俺達若いもんが背負っていくんじゃ!黙ってろ!」って一発言ってやったけ。ハハハ!これからは、二つの村を合わせて朝比奈村と呼ぶことにしたんけ」
「老いては子に従えってやつですか」
「ん?まぁそんなとこけ。さ、ここでいつまでもあの二つの頭眺めててもしゃ~ないけ。家に行くけ」
正太郎は二人に車に乗るよう顎をしゃくった。
相変わらずの大きな屋敷の佇まいの山内家。
「そう言えば、地下の祭壇に火をつけられましたけど大丈夫だったんですか?」
叶人はあの時の事を思い出した。
「ん?ああ。地下は何とかね。あの地下は一番奥の部屋に続いているけ。その通路に火が少し回ってね。でも親父がすぐに消し止めたから、母屋には影響なかったけ」
「そうですか。良かった」
正太郎を先頭に、よく手入れされている庭を通り母屋へと入る。
玄関を入ると、直ぐに廊下の奥からパタパタとスリッパの音をたてながら山内の母親がいそいそと小走りでやって来た。
「あらあら、また来てくれたの?」
にこやかに出迎えてくれた母親だったが、たった数年でかなり歳を取ったように見える。山内の件で心労がたたったのだろうか。
「また突然すみません」
叶人と優菜は頭を下げる。
「いいのよ。ゆっくりしていってね」
そう言うと、くるりと向きを変えまたパタパタと音をたて奥へと行ってしまった。
「じゃ、ここじゃなく俺の部屋に来るけ」
「え?正太郎さんの?離れ・・でしたっけ?」
「そ、俺のスイートルーム」
ニヤリといやらしい笑いをみせ、正太郎は歩いて行った。
残された二人は不安そうな視線を交わしついて行く。
スイートルームなんて意味ありげな事を言っていたが、前回来た時と同じで部屋の中は何一つ変わっていなかった。
農具が置かれた土間に、小さな畳の部屋。唯一変わった所と言えば、あと数カ月で倒れてしまうだろうと予測できるほど朽ちてきている所だろうか。
小屋に入り畳の部屋に落ち着いた叶人と優菜は、正太郎が出してくれた缶ジュースを頂きながら話を聞く事にした
「正太郎さん、驚く事って言うのはあの双子山の事ですか?」
「そうけ。あ、優菜ちゃん。遠慮せず飲んで飲んで」
「あ、はい」
マニキュアを気にしながらプルトップを開ける優菜を横目に、叶人は話を続ける。
「他にこの村で変わった事ってありますか?」
「あるある!まず、君達がこの村に来るきっかけになった成人の儀が普通の成人式に変わったけ。勿論年寄り達は反対してるから参加しないけど、若い連中は皆でお祝いしてるけ」
「でも・・確か忍ちゃんで二十歳を迎える人はいなくなったって」
「それがいるけ。都会から田舎暮らしがしたいって言う奇特な人達が沢山この村に住み始めたけ。ま、専らあの双子山目当ての奴らが多いけどね」
「成る程」
「成人の儀をやっていた頃は、本当の自分を捨て建前の自分で生きて行かなくちゃいけなかった。だから全て一から始めなくちゃいけなかったけ。でも今は違う。ありのままの自分で伸び伸びと暮らしていけるけ」
そう言う正太郎の顔は何処かスッキリとした顔に見える。
「君達はキヨ婆を見たけ?」
「・・はい」
「俺も最後に見たけ。白髪のちっこい婆さんから中年のおばさんになり、最後は綺麗な若い女に変わったキヨ婆をね。あれには本当に驚いたけ」
ソレを聞いた優菜は驚き叶人の方を見た。
「じゃあ私達三人は、年代別のキヨ婆を見たのね?」
「そう言う事らしいな」
叶人は頷いた。
「驚く事が二つあるって言ってましたが、一つが双子山ならもう一つは何なんですか?」
「それは別の場所にあるけ」
そう言って立ち上がり
「行ってみるけ?」
と、外に向かって顎をしゃくる。
「はい」
最初のコメントを投稿しよう!