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正太郎に礼を言い別れた後、二人は一言もしゃべらなかった。 電車の中でも地元の駅に着いても無言のまま二人は歩き出す。 とっくに陽は落ち、空に満月と星があるようだが都会の空は地上の明かりが邪魔でかすんでしまっている。 優菜が住むアパートまで来た時、初めて優菜が口を開いた。 「ねぇ。双子山にあったお地蔵様って・・あの二人だよね」 「・・・・」 「私さ、あのお地蔵様の顔を見て何となくホッとしたの。二人がお互いを見つめ合って手をしっかりと握ってた・・・叶人は、漣の忍に対しての気持ちって気づいてた?」 「・・・ああ」 「自分の命が終わる時誰と一緒にいられるのか。そんな事誰にも分からないじゃない?突然の事故で死んじゃうかもしれないし。自分の最後なんて誰にも分からない。でも・・でももし叶うなら、好きな人に見守られながら・・ああやって手を繋ぎながら死ねたらいいのかもね」 優菜の目がネオンの灯りを受けキラキラと光っている。 「・・・・」 「ごめん・・・死んで良いって事なんてないか。送ってくれてありがとう。じゃ」 優菜は叶人に背を向け歩き出した。 「優菜!!」 「え?」 叶人は優菜に走って近付くと、振り向いた優菜を引き寄せ抱きしめた。 「俺が・・・俺がいる。優菜が死ぬとき必ず俺が側にいる。だから・・だから、もう自分に嘘をつくな。優菜は優菜なんだから」 いきなり抱きしめられ驚いた優菜の身体から力が抜けていくのが分かる。 「・・ありがとう」 小さな声でそう言うと、身体を離し恥ずかしそうに叶人の顔をチラチラと見る。 「じゃ、またな」 叶人も照れているのか、そそくさとその場を後にした。 優菜は、叶人の姿が見えなくなるまでずっとその場に立っていた。 弱弱しく光る街灯が灯る道。何処からか漂ってくる魚の焼ける匂い。抱きしめられて感じた叶人の体温。初めて人に抱きしめられた感覚。今までは両親に殴られ続け、その痛みを抑えるために自分で自分の身体を抱きしめてきた。恨みに怨んだ両親・・・・そう、毎日が辛く何度も両親の寝首を掻こうと枕元に立った。お陰で私は・・・ 「あはははははは!!!」 突然笑い出した優奈。 どうして笑ったのか自分でも分からない。分からないけど、身体の奥底から笑いが込み上げてくる。面白い訳じゃない。楽しい訳じゃない。かと言って悲しい訳でもない。 「あはははははは!!!」 誰もいない住宅街で一人笑い続ける優菜。 笑い続けながら、ふとその笑いが成人の儀を終えた時の山内が笑いと同じであると気がついた。 (成る程ね・・・ようやく分かったわ。忍。やっぱりあんたは私と同じだったのよ・・あんたは母親をよく思ってなかった。寝る前に言われ続けた言葉に、不安と恐怖を抱え眠りについた毎日に嫌気がさしてた。嫌悪感・・いつしかそれが怨みと変わる・・そうね。女は演技してなんぼよね。私は過去の自分と反対の女を演じ。忍は本音と建前を逆に演じた。あの時笑ったのは、これから建前ではなく、本当の自分を出す事が出来ると思ったから。解放されたという笑いだったんだわ) 「あはははははは!!!」 優菜は腹を抱えて笑い、自分の部屋へと入っていった。 その時、同じアパートの住民が窓越しに優菜の事を見ていた。大きな笑い声を聞いて不思議に思い様子を伺っていたのだ。 「何?何で一人で笑ってるの?」 暫くすると笑いながら歩き出し部屋へと入っていく。 「あれ?あそこの人お婆ちゃんと一緒に住んでたっけ?」 優菜が部屋に入り玄関を閉める時、優菜の後ろにピッタリと張り付くようにしている白い割烹着を着た老婆の姿を見た住人は首を傾げた。 その一週間後、加古川優菜の遺体がアパートの一室で見つかった。死因は窒息死。噂では亡くなる前夜、一晩中狂ったように笑う声が聞こえていたと住人は言った。 追記 人は誰でも本音と建前を持っている。大人になると、それを上手く使いこなしバランスを取りながら人は生きていく。 でも人というのは弱い生き物だ。自分でも耐えがたい憎悪が加えられた時、簡単にそのバランスは崩れてしまう。 そんな時人はどうなるか。 「あはははははははははははははっははははははは!!!」 ・・・笑うんですよ。
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