戻らずの竹

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戻らずの竹

「おせぇよ~」 家の外に出ると、叶人の不満な声が飛んできた。 先程の声の事を言おうかと思ったがやめておく。叶人に言ったら「マジで!何処で!俺は聞かなかったぞ?それ以外に何て言ってた?」等の質問攻めにあうのが目に見えているからだ。 (・・アレは絶対人の声だった。鳥や他の音がそう聞こえたという事ではない。おちご・・・おちごって何だ?こっちの方言だろうか。後で山内に聞いてみるか) そう結論した俺は気持ちを切り替え 「で?何処に行くんだ?」 「勿論、戻らずの竹だ」 「お前場所知ってるのか?入り口を見つけるのは大変なんだろう?」 「お前俺を誰だと思ってるんだ?自称心スポの鬼なんだぞ?大体の見当はついてる」 自信家もここまで来ると呆れるが、自分で自称と言っている所がまだ可愛げがある。 「頼りないけど、あの部屋にいるよりましだわ。さっさと行こ!」 余程あの部屋が嫌だったのか、優菜はそう言うなり歩き出した。 叶人を先頭に俺達は「戻らずの竹」へと向かった。 山内家の長く続く板塀を横目に西へ歩くと、双子山の山間から蛇のように伸びている竹林が目の前に迫って来る。それはまるで、ここから先は通さんとばかりに立ちふさがっているようだ。 「確か、この竹林に沿って双子山の方へと行くと入り口があるんだ」 舗装された道が終わり小さな砂利が多い道に変わる。じゃりじゃりと足音を立てながら暫く歩くと西側に竹林、東側には林という景色に変わってきた。林の方を見ると木々の間から差す木漏れ日が見え清々しい気持ちにしてくれる。 心地よい秋風が木々の間から吹いてきて俺の頬を柔らかく撫でて行った。 「ここだ」 と、叶人が竹林の中の方を指さした。 「え?もう?」 俺と優菜は、意外にも早く着いた事に驚いた。 少々疑いながらも叶人が指さす方を覗き込んでみる。今まで竹の壁と言ってもいいほどの密集した竹が続いていたのに、突然薄暗い空間がトンネルの様にポッカリと空いていた。奥の方はさらに薄暗く闇と言ってもいい程暗い。 「こんなに分かりやすく入り口があったのか・・・・やっぱり噂は当てにならないな」 「ああ。実際はそんなもんだ。ほら、奥の方に祠があるのが見えるか?」 「祠?」 俺と優菜は顔を突き出し薄暗い奥の方へと目を凝らして見る。成る程、はっきりとは見えないが確かに祠らしきものが黒い影となり建っている。 「その祠を中心に左右に一つずつ入り口があるらしい」 「左右に一つずつ?でも結局は崖の方に出るんだろ?」 「多分な。でももしかしたら、異界に続いているかもしれん」 「異界?まだそんな事言ってるの?」 優菜が呆れながら言った。 「そう考えた方がロマンがあるだろ」 訳の分からない事を得意げに話す叶人をよそに、俺は祠から目が離せないでいた。薄暗いだけで漆黒の闇と言う訳でもない。なのにやけに暗い。密集した竹の葉のせいばかりではないような気がする。何かこう・・・人が踏み入ってはいけない何かがあるような・・ 「おい!」 「え?」 叶人の声で我に返った俺は慌てて二人を見た。二人は不思議そうな顔をして俺を見ている。 「な、何?」 「何じゃないよ。ぼうっとしてどうしたんだ?」 「いや・・・何か目が離せなくなっちゃって」 「あ~分かる。何か言いようのない魅力があるよな。おどろおどろしいっていうの?」 「いや・・そんなんじゃなくて」 「分かるよ。分かる。そういう時の気持ちって上手く説明できないんだよな」 自分勝手に納得している叶人は何度も頷きながら言った。 「だからそうじゃなくってさ・・何て言うか・・・ここはちょっとヤバいんじゃないかな」 「ヤバい?」 「ああ。神聖な場所と言うか・・・何か、むやみやたらに立ち入っちゃいけないような気がする」 俺は敢えて怖いという表現を使わなかった。 「まぁ確かに神聖な場所ではある。俺の独自の調べによると、ここに入れるのは成人の儀の時だけらしいからな」      「え?じゃ、じゃあ山内は明日ここに入るのか?」 「そうだろ」 俺は改めて祠の方へと目をやった。 何故成人の儀の時だけ入るのか。それ以外は誰も訪れないのだろうか。第一、祠には何が祀られているのだろうか。 ~おちご~      ふと、家を出る時に聞いた言葉が頭をよぎる。 (おちご・・・もしかしてこの祠と何か関係があるのか?) そう考えた瞬間、ぞわぞわと全身に鳥肌が立つ。 「ねぇ~もう暗くなってきたから帰らない?」 間の抜けたような言い方で優菜が言った。どうやら飽きてきたようだ。しかしそのお陰で現実に戻った俺は、普段ならイラっと来るその喋り方に今回は救われたような気がした。 真上を見上げると、空が茜色に染まりつつある。 「そうだな。そろそろ戻ろう」 ホッとした俺はそう言いながらちらりと叶人を見る。来る時の意気込みから反対してくると思ったからだ。 「分かった」 (お?やけに素直だな) 意外にも聞き分けの言い叶人に感心した俺だったが、次の叶人の言葉ですぐに撤回した。 「あの祠の中を確認したら帰る」 「はぁ?祠の中を?馬鹿じゃない?そんなの駄目に決まってるじゃん!」 優菜がすぐに反論した。派手好きの負けん気が強いお嬢様でも、一応の常識はもっているようだ。 俺も優菜の隣りで大きく頷く。 「馬鹿は誰だよ。今ここにいるのは俺達だけなんだぜ?明日には成人の儀が行われる。見るなら今だ。普段鍵が掛けられてたとしても今なら開いてるかもしれないだろ?チャンス!」 叶人は俺達に見せつけるように親指を立てクルリと背中を向けると、躊躇なく祠の方へと歩いて行った。 「あ、おい!」 慌てて止めようとするが既に遅く、叶人の姿は暗闇の中に消えて行った。 「はぁ~。しょうがないな。私達も行こう」 「は?」 「は?じゃないよ。一応この為に来たんだし。それとも何?漣は愛しい忍の成人の儀を見る為だけに来たの?」 「い、愛しいって・・・」 (なんて事だ。俺が山内の事を好きだって事バレていたのか・・・) 恥ずかしいのと、引け腰になっているのを馬鹿にされている感じがした俺は 「い、行くよ」 と、優菜の方を見る事なく暗闇の中へと足を入れた。
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