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成人の儀前夜
六時になり迎えに来たお手伝いのカネさんに導かれ訪れた部屋は、幾つもの部屋の襖を全て取り払った広い部屋だった。結構な人数が来るらしく、長いテーブルと沢山の座布団が置かれている。まだ誰も部屋におらず俺達が一番最初に連れてこられたようだ。テーブルの上には、和食の料理人に作らせたかと思う程の豪華な食事がすでに置かれている。
「お・・・おい、あれ・・・」
先に部屋に入った叶人が驚いた様子である方向を指さした。俺と優菜もそちらの方へと視線をやる。
「っ!!!!」
息が止まるかと思った。隣に立つ優菜が小さな悲鳴をあげたのが聞こえる。
俺達三人が目にしたものは、床の間に飾られている掛け軸だった。床の間には大抵花が活けてあるか家人好みの掛け軸が飾られているものだが、そこに飾られていた物は俺達が先程あの祠の中で見た頭が二つあるお地蔵様の絵の掛け軸だった。
淡い色の柔らかいタッチで描かれているにも関わらず、ソレはおどろおどろしく今にも動き出しそうな気配すらする。この山内家にとって・・いや、朝比奈村にとってあの頭が二つあるお地蔵様は一体どんな存在なのか。全く想像がつかない。もしかしたら俺達は触れてはいけないものを目にしてしまったのでは。ここに来てはいけなかったのではないか。そんな事が頭をよぎった。
「こちらへ」
立ち尽くしている俺達三人にカネさんがにこやかに座る場所を促す。
「・・は、はい。すみません」
何とかそれだけ言うと、俺は不安な気持ちを抱え促されるままにその場に座る。叶人と優菜も、やはりあの掛け軸の絵が気になるらしく二人共せわしなく掛け軸の方へと向けている。
一番下座に座らせられたという事は、床の間を上座に山内の家族、親族、村の人達、そして俺達三人という順で座るのだろう。
暫くして、次々と招待客が部屋に入って来た。皆、あまり袖を通していなさそうなぎこちない正装に身を包み緊張した面持ちだ。少し気になったのが、家族や親族以外に呼ばれた人達が80はとうに超えているであろうお年寄りばかりである事。山内もこの朝比奈村で生まれ育ったのなら友人などがいるはず、しかしそのような若い人は一人もいなかった。
(やはり、この村での成人の儀というものは俺達が知っている式とは違う意味を持っているようだ)
着々と席について行く人達を見て、改めて俺は思った。
俺達含め来賓者が揃い、山内の家族や親族が皆席に着いた後、一番最後に部屋に入って来たのは父親だった。前に一度、家族旅行に行った時の写真を山内から見せてもらっていたので覚えている。
紋付袴を身に纏った父親は一見物腰の柔らかい初老の男に見えるが、席に座り全員の顔を見渡すように見たその目は眼光鋭く一筋縄ではいかなさそうな威圧感を感じる。現に、父親が部屋に入って来た瞬間、楽しそうに挨拶を交わし世間話をしていた人達が口をつぐみ俺にも分かる程のピーンと張りつめた空気に変わったのだ。
しかしそれ以上に気になったのは、父親の後ろからヒョコヒョコとついてくる小さなお婆さんだ。
肩までの白髪はぼさぼさで毛量が多く、絵柄も分からない程の薄汚れた着物を着ている。正装した父親と対照的なとてもみすぼらしい恰好だ。山内家の身内の人なのか、それとも山内の親戚の人なのか分からないが、全員が正装している中不釣り合い以上のその見た目に俺は目が離せないでいた。
最も不思議だったのは、父親が上座に座るのに対し老婆は床の間に上がると掛け軸の横に正座をし座ったのだ。
(何であんな所に・・・・)
最も騒ぎそうな優菜と叶人が気がついているのか気になった俺は二人を見るが、二人とも特に気にしていないような表情をしている。
(気が付いてないのか?)
席に着いた父親は皆の顔を見渡した後話し出した。
「今日はお忙しい中、お越しいただき有難うございます。皆さんもご存じの通り、忍が成人の儀をむかえる事となったけ。これで、この朝比奈村での成人の儀は今の所お終いになるけ」
その瞬間、部屋の空気が少しだけ変わったような気がした。
敏感にその空気を感じ取った俺は、周りの人達の表情を素早く見る。皆何故か渋い表情を浮かべ、中には頭を抱える人やため息をつく人さえいる。
(何だ?)
父親の挨拶が終わるとそれぞれに豪華な料理に箸をつけだす。先程の反応はなかっかのように、口々に祝いの言葉を掛け合い酒を酌み交わす。俺達の所にも村の人達や親戚の人達が酒を持ちご機嫌に東京のあれこれを聞きに来た。専らお喋り上手な叶人と優菜が対応する。俺もそれなりに話はするが、やはり気になる。
先程の村人達の反応だ。成人の祝いというのは、普通めでたいものだが何故辛そうな表情になったのか。
~朝比奈村での成人の儀は今の所お終いになる~
普通祝いの席では、終わる、別れる等の言葉は使わない事が多い。それをあえて言ったのは何故か。全員が顔見知りという位小さな村なのだから、わざわざそんな事を言わなくても分かっている事ではないのだろうか。
(村の人達のあの反応・・・確かに村に若い人が少なくなるのは寂しいものだが、あそこまでの反応をするだろうか)
俺は楽しそうに食事に舌鼓を打ち酒を飲み、お喋りをしている人達の顔を見た。
「どう?食べてるけ?」
酒瓶を手にした山内の兄、正太郎がそう言って笑いながら俺の隣に座った。
「あ・・・はい」
「今回の料理は俺の友人が腕を振るったけ。そいつ料理人でね。かなり腕をあげたって言ってたから頼んだんだけど想像以上だったけ。本当助かったけ」
「助かった?」
「うん。成人の儀の準備はその家の長男がする決まりになってるけ。ましてや今回で最後になる。それなりにふさわしい料理を出さなきゃいけないからかなり頭を悩ませたけ」
酒を飲んでいるせいか頬を赤らめ笑いながら言った。
「あの・・山内が・・いや、忍さんで成人の儀が最後って事はもう二十歳をむかえる人がいないって事ですよね?」
「そう」
正太郎は俺のコップと自分のコップに酒をつぎながら頷く。
「村の人達はその辺りどう感じてるんでしょう?」
「どう感じてる・・・そうだなぁ、多分不安しかないと思うけ」
「不安?あ・・やはり、村に若い人が少なくなるのが不安という事ですか?」
「いや、そうじゃないけ」
「違う?」
「うん。この村の成人の儀というのは、君達が知ってるような成人の祝いと違うけ」
そう言うと手にしていたコップの酒を一気に飲み干した。
「はぁ~っ!美味い!・・・でもね・・」
正太郎は空になったコップに視線を落とし
「こんな儀式はここで終わらせなくちゃいけないけ」
まるで独り言のようにぼそりと呟くと立ち上がり、他の村人達の方へと行ってしまった。
(終わらせなくちゃいけない?一体どう言う事だ?)
サッパリ意味が解らない俺は、楽しそうに村の人達と酒を飲む正太郎を見た。
その後も次々と出される豪華な料理に皆は喜び楽しそうに酒を酌み交わしているのだが、俺は正太郎が言った事が気になり全く料理の味が分からなかった。
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