3人が本棚に入れています
本棚に追加
部屋
「ほら、行くぞ」
瑞希の手は冷たくて。
冷えるのを我慢してお洒落をしたせいか、俺を待ってるあいだに冷えたのか。
後者であってほしい、なんて、考えた。
停止線で止まる車のライトに照らされて、横断歩道は、ランウェイのようだ。
これが、
彼女です、俺の自慢の彼女ですって
みんなにお披露目するためのステージなら、
どんなに、うれしいだろう。
慣れないヒールで歩きづらいのか、瑞希が、俺の手を、逆に、ぎゅっと握り返してきた。
くそっ。
現実は…..ちがう。
「あ、やべ」
そうだ、夜遅くに降りだすっていう予報だったな。
ポツ、ポツ、ポツと雨が当たりだした。
「隼人、寒くないの?」
「ねーよ。」
「そう……どうして、いつもダメになっちゃうのかなぁ。もう、飽きちゃったって。しかも、婚約者できたって…」
「…後できいてやるから、今は急げよ」
ほんとは、そんな話、ききたくねーよ。
電車は長椅子に並んで座った。
暖かくて緊張がとれたのか、瑞希は、俺の横でうとうとしていた。
結局、彼女の部屋に着くまで、一言もしゃべらなかった。
「ほら、ちゃんと体ふけよ。お前、昔から、すぐ風邪ひくんだから。」
タオルを渡した。
「うん。服、替える。」
そういって、彼女は洗面所に着替えにいった。
そのあいだに、自分も体を拭いて、お湯を沸かした。
「えっと、カップと」
勝手知ったる部屋。何回、ここに来ただろうな。
そのたびに、なにもできずに帰る自分が、男としてどうなんだろう、と、情けなくなるんだよ。
きっと、今夜もそんなところだろう。
最初のコメントを投稿しよう!