楽屋泥棒

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 お笑い芸人のつよしさん、ひらめさんと一緒に、俺は都内の居酒屋にいた。つよしさんは漫才ブームをきっかけに人気になった漫才師で、ひらめさんは国民的人気番組「おれたち冒険隊」で広く世に知られたピン芸人だ。そんな俺は「チャナティップ親方」という芸名でカウボーイ風の格好をして西部劇漫談をする芸人なのだけれど、この二人に引けを取らないぐらい人気者で、一般の人は俺達のことを「BIG3」と呼んでいる、ということは全くなく、本来であればこの人達と一緒に飲むなんて考えられないぐらい売れてないのだが、同格のような顔をしてここにいた。おそらくつよしさんも、ひらめさんも、この店にいる瞬間だけは俺のことを「BIG3」の一角を担う存在だと思っているはずだ。なぜかというと、俺にはある能力が備わっていた。  会社の内定式や、学校の卒業式や、親戚の集まりなんかでは、誰だかわからないけれど関係者ヅラをしてそこにいる奴が一人はいるものだと思うのだけれど、俺はその能力の所持者だった。つまり、あらゆる現場で関係者ヅラすることができるのだ。もっとも、その影響範囲はその場限定で、俺がそこを立ち去ったら消えてしまう程度の力しかない。  なぜ俺がその能力に気づいたかというと、5年前のある出来事がきっかけだった。その日の俺は、いつものようにアイドルの楽屋で泥棒をしていた。俺のような芸人の端くれでもたまにはテレビ局に行く機会はあったから、忍びこむこと自体は容易だった。そこで俺は盗られても気づきにくい物を転売して生計を立てていた。  最初の頃は罪悪感があったが、しだいにその気持ちはなくなっていった。なぜなら俺には金が必要だった。  俺は焼酎が好きだ。特に仕事終わりに飲む焼酎が最高で、スナックや、ガールズバーや、キャバクラや、いろんな店で焼酎を飲み続けていた。だけど、そんな生活を続けていたら、どんどん貯金が減っていったのだ。  そんな時、テレビでチャラチャラしたアイドルが軽薄なトークで金を稼いでるのを見ると、無性に腹がたった。  それからは迷いはなかった。ことあるごとに楽屋泥棒を繰り返した。 だけど、そんな生活が窮地に立たされる出来事があった。  人気女性アイドルグループ「イブニング娘」の楽屋に忍び込んでいたら、本人達とばったり遭遇したのだ。 その瞬間、俺はたちまち青ざめた。俺の芸人としての夢がこんなところで途絶えてしまうのか、と、落ち込んだりもした。  ところがその後のアイドルの反応が衝撃だった。 俺がいることに興味がある様子もなく、だからといって気づいていないわけでもなく、挨拶をして去っていったのだ。 俺は狐につままれたような気持ちになった。 まあ助かったならそれでいいか、と、その時は深く考えずにその場を立ち去り、それからもことあるごとに楽屋泥棒を続けた。  俺のスキルのなさのせいか、泥棒中に本人と鉢合わせすることがその後もたびたびあったのだが、一度もそれを咎められることがないばかりか、全く面識がないのにまるで友達のような感じで話しかけられたりもした。  そこで俺は、自分にあらゆる場所で関係者ヅラする能力があることに気づいたのだった。 泥棒をやる分には非常に役立つ能力だったから、活用し続けた。 ただ少し、物足りなさも感じた。 絶対に失敗しない泥棒なんて、やりがいがないのだ。  そんな時、ひらめさんとつよしさんがサシ飲みするという話を人づてに聞いた。そこで俺は、自分の能力の限界を試してみよう、と思った。 仲のいい人同士でやるはずだった飲み会に全く面識のない俺が行っても、本来であれば楽しくないはずである。そんな状況下で関係者ヅラをする能力をどこまで活かすことができるか見てみたくなった。  そうして俺は飲み会をやる居酒屋へ行った。そこにはひらめさんが先に来ていた。ひらめさんは出っ歯の特徴的な顔なので、遠目から見てもすぐに分かった。 「よ、ひさしぶり」  俺は十年来の親友のような口ぶりで彼に話しかけた。 ひらめさんはすぐに「ひさしぶり」と返してくれた、が、なにか納得のいっていない様子でもあった。 つよしさんが遅れていたため、ひらめさんから先に色々話を聞いた。どうやら今日はひらめさんがつよしさんの悩みを聞くためにきたようだった。そんなところに俺が行くなんて場違いもはなはだしいが、俺の特殊能力のために何も言われなかった。  それからしばらくしてつよしさんが到着し、飲み会がはじまった。 俺は「仕事どうですか?」などの気の利かない話題で2人の会話に参加した。 「最近仕事するのが嫌になっちゃってさ〜、まいったよ」 「なにかあったんですか?」 「俺さ〜、最近ファンとDMで色々やりとりしてたんだけどさ、つい調子にのって股間の写真を送りつけちゃって、それが掲示板で晒されて外に出たくないんだよね今」 「え、まじですか」  急にそんなことをカミングアウトされて、俺はしばらく黙り込んだ。完全に予想外の返答だった。 「まあ……ネットのやつらの言うことなんて気にすることないですよ」  内心引きながらも俺はそう励ましたが、つよしさんは気が滅入ったままのようだった。つよしさんは社会的地位で言えばネットで悪口を書いている奴らとは比較にならないぐらい格上なのだが、そんな人でもやはり叩かれるのは気にはなってしまうようだ。 「俺はもう終わりだよ」  彼はそう言ってひたすら酒を飲み続けていた。テレビで見るつよしさんとは全然印象が違って新鮮だった。 「最近の漫才師はどうっすか」  話題を変えようとしたのか、ひらめさんが唐突につよしさんに尋ねた。そうすると、どうやら不満があったようで次から次へと愚痴がとびだした。そうして愚痴を話しているうちに、段々とすっきりしたような表情になっになっていった。 そこからのつよしさんは上機嫌だった。お酒を浴びるように飲み、みるみるうちに顔が赤くなっていった。 「つよしさん、水を飲みましょう」  俺はそう言って無理やり水を飲ませた。そんな様子を見てひらめさんに笑われ、とても照れくさかった。  そんな素敵な飲み会ではあったのだけれど、誰もトイレに行かなかったため、お開きまで泥棒をするタイミングが見つけられなかった。 せめて記念にサインをもらっておこうと思って2人にねだると、照れくさそうに応じてくれた。 「俺も書くからお前も書けよ」  つよしさんにそう促されて俺も色紙にサインをした。最終的に色紙には「つよし ひらめ チャナティップ BIG3」と書かれたのだった。 俺のサインにはなんの価値もないのにな、と、思いながらも、いつかこのサインに見合う価値のある芸人になるからいいや、とも思った。  そしてその日は解散となった。 「今日はありがとうございました」  つよしさん、ひらめさんの二人に向かって俺はそう言った。 「またな、チャナティップ」  二人からは上機嫌でそう返された。 つよしさんとひらめさんにはそれぞれお抱えの運転手がいたから車を呼び寄せて帰っていった。 俺にはそんなのはいないから、終電に間に合うように急いで駅へと向かった。  俺のあらゆる場所で関係者ヅラすることのできる能力は、その場を立ち去った時点で相手の記憶から俺が消えてしまうため、誰とも関係を築けないという最大のデメリットがある。俺の中では記憶は残るが、相手の中からは俺と接触した記憶の一切が失われてしまうのだ。  だからおそらく俺と同じ能力を持つ人がいて、偶然にも出会ったとしても、お互いの能力が作用して両方の記憶が消えてしまうのだろう。  泥棒をやる分には便利だが、永遠に孤独が決定づけられた能力なのだ。だから俺は自分をなぐさめるためにサインをもらうことがよくある。 「はあ、今日は楽しかったなあ」  俺はぼそっとつぶやいた。胸元には飲み会でもらったサインを大事に抱えていた。 ただ一点気になったのは、書かれたサインに見覚えがないことだ。そこには「つよし ひらめ チャナティップ BIG3」と書かれていた。 「なんでこんなサインをもっているんだろう。つよしとか、ひらめとか、誰だこれは」  俺はぼそっとつぶやいた。    そもそもなんで知らない人同士でBIG3って書いてんだろう。BIG3はタモリ、たけし、さんまなのにな、と、そんなことを思いながら駅へと向かった。
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