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「千冬先輩。あの、ずっと、好きでした!」
朝っぱらから学校の旧校舎に呼び出されて、何事かと思えばこのセリフ。
一昨日も聞いた例文を口にして、目の前の女子は真っ赤な頬を沈めていく。
「ごめんね。僕、他に好きな子がいるんだ」
「えっ、ご、ごめんなさい……! 今のは、忘れてください!」
恥ずかしそうに去っていく背中を見つめながら、小さく息を吐く。
「……めんどくさ」
九栗千冬。この中学に入学して三年目。僕の名前は、良くも悪くも有名だ。
大女優──栗山千夏の息子。その肩書きは、物心ついた時からついてまわった。
引退して十五年経った今でも、時折テレビで母の姿を見る。現役時代は全く知らないけど、すごい人だったらしい。
教室へ戻ってすぐ、友人がいつもの冷やかしを投げてきた。
「なあなあ、千冬くん。また告白かい?」
「いいよな〜、顔のいい奴は。立ってるだけでキャーキャー言われてさ。どんな気分よ?」
組まれた肩をさりげなくどけて、「さあな」とあしらう。
「どうせ、そのクールな仕草がカッコいいとかなるんだろ? 女子ってやつは」
「それイケメンだけが許されるやつな」
僕のことなど蚊帳の外で、後ろで盛り上がっている。
正直、どうでもいい。
こいつらも、僕に興味なんてない。元女優の息子という肩書きに引っ付いてきた虫ケラだ。つるんでいたら、なにか得になるかもしれない。その程度。
現に、僕の陰口を言っているところを何度か目撃したことがある。
人間なんてそんなものだと理解している。
小一のとき、父が家を出たあの頃から。
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