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昼休み。校庭でバスケをしていると、まわりがざわつき始めた。
パスしたボールが止まり、僕も必然的にその視線を追う。数人の女子がこちらを見ている。そのうちの一人と目が合った瞬間、心臓が波打った。
──桜庭夏乃だ。
今年入学してきた、注目の一年生。新入生で一番可愛いと男子から評判だった子。
どうしたのと鼻の下を伸ばしたクラスメイトたちが近づくと、まわりの女子たちに背中を押されて彼女が一歩前へ出た。
「……あの、九栗先輩。今、時間もらえますか?」
緊張しているのか、ぱっちりした瞳を潤ませて、声が少し震えている。
ああ、このカンジよく知ってる。たぶん、今から告白されるのだろう。
別の場所へと促されて、僕たちは旧校舎まで足を運んだ。
「入学したときから、ずっと、先輩のこと好きでした」
彼女の心臓の音が聞こえるくらい、勇気を振り絞っているのが伝わってくる。
桜庭夏乃に告白されて、嬉しくない男などいないだろう。
──僕を除いては。
父に新しい家族がいると耳にしたのは、小五のとき。家を出る要因となった人物と、幸せな家庭を築いていた。僕より、そっちを選んだのだ。どれほど母が苦しんだことか。
彼女の名を初めて見たとき、忘れかけていた憎悪がふつふつと湧き上がって、僕の身体中を占めていった。
憎らしいほど、目で追い続けていた彼女に近づく口実ができる。
「……ありがとう。実は僕も、桜庭さんのこと気になってた」
頬を染め上げて、嬉しそうに恥じらう仕草は、微笑ましくさえ思えた。
ああ、この子はなにも知らずに、幸せな人生を送ってきたのだろうなって。
壊したくて汚したくて、虫唾が走る。
「付き合おうか」
「……よろしく、お願いします」
熱を帯びた頬を撫でると、指先が溶けてしまいそうだった。
僕を捨てた父と、父を盗んだ腹違いの妹へ。
なによりも大切なものを、あなたから奪うときが来たようです。
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