親愛なるあなたへ

3/4
前へ
/4ページ
次へ
*** 「ねえねえ、ほんとに付き合うことになったの?」  雑音にまみれた教室で、質問がぽとりと落とされる。  少し間をあけてうなずくと、友達のミサがうなだれたような声を上げた。 「これはアレだ。男子たちが泣くやつだね。まあ、千冬先輩と夏乃、お似合いだけど」  それでも、ちょっと悔しいと言いながら頬を膨らませている。  先日、校内の人気者である九栗(くぐり)先輩に告白した。  クールでミステリアスでカッコいい。多くの女子たちが、目をハートにして憧れる人。  そんな相手から、「僕も桜庭さんのこと気になってた」と言われたのだ。浮かれないわけがない。  だって、中学へ入学したときから、ずっと見つめていたのだから。 「ただいま」  家へ帰ると、いつものようにお母さんが夕食の支度をしていた。この匂いからして、今夜はカレーライス。  うちのカレーには、ハチミツとすりおろしたりんごが入っていてほどよく甘味がある。わたしの大好きな味だ。 「夏乃、なにかいいことでもあった?」 「んー? わかる?」 「わかるわよ。夏乃のことなら、なんでも」  カウンターにひじをついて、ふふふと笑ってみせる。  お母さんは優しい。少しの変化に気づいて、なんでも相談にのってくれる。 「付き合い始めた人がいるの」 「えー! もしかして、前言ってた学校の先輩?」 「えへへ、その先輩デス」 「おめでとう、夏乃。きっと素敵な人なのね」 「うん」  この元気がでる笑顔があるのは、今のお父さんがいてくれたから。  ついていたテレビから、ドラマの再放送が流れてきた。平成初期の人気作らしい。  栗山千夏。ただならぬ美貌と演技力で、一気にスターの道へ進んだ女優。結婚と同時に引退して、すっぱり芸能界から姿を消したことでも有名だ。  でも、お母さんは好きじゃないみたい。この人の声が流れると、すぐチャンネルを変えてしまう。  きっと、後ろめたい気持ちがあるのだろう。栗山千夏(あのひと)の大切な人を、奪ってしまったから。  血のつながりのないわたしを育ててくれたお父さんには、頭が上がらない。 「今度、お母さんに紹介してね」 「もちろん。楽しみにしてて」  でも、わたしは惹かれてしまった。  暗い過去を持ちながら、美しい容姿を持ち腐れている彼に、哀れみと愛しさを重ねて──。  この境遇に感謝すらしてる。先輩の気を引けたのだから。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加