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「ああ、ゴールはもう目のまえだ。じゃあな、それはそうと成績でボロ出すなよ!」
「おう、おまえもな」
期末試験まであと一週間、皆自分の勉強で忙しい。他人に構うヒマなどない。
「園田、まずゆっくりと深呼吸をしなさい。それから落ち着いて受け取るように」
戸田が園田に答案を返す際、もう隠す素振りも見せなかった。周りは周りで察しなさいという戸田なりの優しさだろう。
「先生は、恥ずかしいことだと思ってないから。むしろ、若いうちにこういうことも経験しておいたほうが今後の人生の糧になる。一応まだ最後のチャンスは残ってるから、……って、おい! 園田! しっかりしろ!」
園田がその場で倒れた。戸田は脈と呼吸を確認した。
「よかった、気を失っただけみたいだ。悪いが、残りの答案は次で返す。先生は園田を保健室まで運んでくるから、お前たちは時間まで静かに自習しておくように」
田島ががっかりした顔をしていた。お前の出席番号、園田の次だもんな。
さて、園田は今後どうするだろう。もうみんなに、存在自体がキナ臭過ぎて疫病神は出てって欲しいと思われていそうなもんだが。
◇◆◇
「安西くん。突然で悪いけど、ちょっと話に付き合ってほしいんだ。直接会って話したいんだけど、明日の午後は空いてるか?」
狩野先輩からラインが来た。今日は臨時で全校集会があったばっかりだ。
「いいですよ。ちょうど明日は終日ヒマです」
面倒だが、引っ張ったらもっとメンドくさそうだ。
「助かるよ。交通費はこちらで用意する」
「ありがとうございます。明日改めてラインください」
「わかった」
さて、どんな話をするのやら。
「悪いね、わざわざ来てもらって。気になるメニューがあったらなんでも注文してくれていい」
「コーヒーだけでいいですよ。先輩こそどうしたんですか?」
俺は案内された喫茶店の席に座った。先輩がまず佐古を座らせそのとなりに座った。
「あたしが園田の事故のことを話したら、晶が自分の口からアンタに伝えたいって」
「本当はふたりで話したかったが、こいつも来てしまった。悪いね」
園田は、追試の結果を返された日に新幹線にはねられた。飛び込み自殺の可能性が高かった。
だが、世の中が臭いものにフタをした。追試の結果は、無事進級を決めていたらしかった。
俺たちは全員に頼んだものが行き渡ってから飲み物をひと口すすると、先輩が口を開いた。
「さっそく本題だが、安西くんはクラスの連絡先を交換した全員からラインブロックされてるだろ? かつみからも」
「安西。悪いけどさ、人殺しとは関わりきれない。繋がりを持ってるだけで、疑いの目を向けられちゃうから」
なんだ、そんなことで呼ばれたのか。深沢からは、「悪いがおまえとはここまでだ」と口頭で断りを入れられた。
「別に気にしてないですよ。だからって、特になにもする気はありません」
用なら済んだ。休み明けからクラスだって変わるしな。
「気に留めてほしいから呼んだんだ。ひとはビビらせれば舐められないが、ビビられると距離を取られる。多分きみは、在学中ずっと他人から距離を取られるよ。もし舐められていても、隙をついて好き放題なんかされないように」
「だからどうしたんですか? 俺が高校に通う理由は大学進学のためですよ」
もうひとつ理由があったが、それはもう完遂した。去年の俺は、土建屋の社長の親父の金とコネに助けられて事なきを得た。今回は、自分自身の徹底した計画と根回しにより自殺に追い込み片付けた。
過去の無念を晴らしたかった、そのために動き続けた。
「きみは気付くべきなんだ、集団から孤立し失ったものに。もし弱みなんかをを握られてしまえばどう利用されるかわからない、そう思われ距離を取られて失ったものに。気付く気付かないに関係なく卒業まで苦しい思いをするだろうが、それは刑期みたいなものだと思ってその間出来れば苦しさに気付いて卒業してくれ」
強い生き物が弱い生き物を捕食するのも、捕食して腹を満たすために無防備になった瞬間や弱点を狙うのも自然界じゃ当たり前だろ? そんなもの、もともと表面上の体裁のために態度に示す以上のことをしたことがない。
「あとね、隙をついて弱みを握ったり力で上回ったりして絶対的優位を手に入れた相手は好き放題に扱っていいみたいな考えは捨てたら? そんな考えじゃ、自分が弱ってるときに誰も頼れなくなっちゃうでしょ? ナメられたら終わる誰にも隙を見せられない人生だなんて、そんなの息苦しいったらありゃしないと思うのよね。
あ、これは余談だけどさ、あたしと晶はもう親公認の仲だから。いちど晶を紹介したら、高学歴の男をつかまえて欲しくてあたしにガリ勉させた親はもう大喜び」
こいつらダブルで鬱陶しい。早くお開きにしてほしい。
「そうですか、わざわざありがとうございます」
「結果的に俺とかつみを引き合わせてくれた恩があって、どうしても耳にしてほしかった。それと、いちOBとして、有能な後輩がそれに気付くことなく腐っていくのはもったいないと思ったんだ」
「あたしはそこまでしなくていいって言ったのに、普段から後輩の面倒見が良い晶がどうしてもって」
余計なお世話だ、変態バカップルが。
「時間を取らせて悪かったな。最後に、俺もきみとはもう関わらない。出会った形があんなものでなければ、きみの素行がそんなものでなければいい後輩だったんだろうなと思うと実に残念な気持ちだよ」
「言っとくけどね、晶は考えもなくイヤミなんて言うひとじゃないから。そこんとこ、履き違えないでよね」
「わかりました。では、失礼します」
俺は態度がシャクに障るふたりを背に喫茶店から帰路についた。
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