3rd Sign : 暴食の獏は飽食の夢を見るか

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「すみません。バイトに遅れそうでしたから」  金縁眼鏡を光らせながら、体育教師(ジャージのオヤジ)が園田を見下ろす。園田(地味メガネ)はしどろもどろに目を泳がせた。 「バイトだと? 学校の許可は取っとんのか?」 「と、取ってます。両親を事故で亡くして、学費と生活費が必要なんです」  はいそうですかと素直にあっさり引き返したなら、体育教師(学校の番犬)の威信に関わるだろう。 「先生、園田さんの話は本当です。僕、担任の先生から事情は聞かされました」 「担任? お前何組だ?」  余計な問答させるなよ。ウソついて庇うような女か。 「2組です」 「戸田先生に確認を取るぞ?」 「はい、構いません」 「そうか。だが園田、規則を破っていい理由にはならんからな。以後気をつけろ」  詰め手が雑だな。ウソが要るときこのテでいける。キョドらなければハッタリがきく。  一方園田は立ち上がって頭を下げると脱兎のごとく立ち去った。 「お前たちも、いつまでも居らんとさっさと帰れ」 「は〜い」  そう言うと、白髪混じりのリーゼントの体育教師は立ち去り見回りに戻った。 「エラッソーにしやがってな」 「だが平和なもんだぜ、番犬があの程度なんだからな」  収穫が実に多かった。足をかけて正解だった。  入学から、ひと月ほどの月日が流れた。頭を丸めたクラスメートがちらほら目につく。  進学校で部活なんかする奴はバカだ。推薦を取る実績なんざ、弱小校のここじゃ無理だろ。  世の中結局学を積んで一般入試で勝負するのがいちばん手堅くラクなんだ。なんで皆がそうするかって、いちばん合理的だからに決まってるだろ。  目に映りやすい手間を嫌がったり、能力が足らず起死回生を図ったり、長い目で見ず刹那の思考で動いたり。そのいずれもが、弱い生き物の取る行動だ。 「安西〜、他の奴も呼んでマック行こうぜ!」  今日も青春ごっこがまた始まる。『気心の知れた仲間と過ごす放課後のリラックスタイム』のごっこ遊び。  ホントは皆同じだろう。余計なコトで疲れたくない、授業の予習と復習以外余計なコトはしたくない。そう思いながら灰色の青春時代をステレオタイプに皆で嫌がる。  その場所として、駅近くのバーガーショップは実におあつらえ向きだった。学校から程よく離れた場所にある、低予算で席をとれてスムーズに解散できる場所。もしハンバーガーが10円チョコの大きさになるか掃除したあとの雑巾のような味になるか一個300円になるかなら、皆最後をいちばん嫌がるだろう。  そしてミーティングが始まった。実に他愛のない話。朝補習が始まったダルさ、クラスの女子のバストのサイズ、ネットで話題の新作ゲーム。中身なんかは間違っても持たせれない。皆で集まりただ時間を過ごした既成事実を作る作業で終わらせる、それが暗黙の了解だ。  だが、そんななかにもヒエラルキーは存在する。一連を取り仕切りきれる奴、いまトレンドのホットな話題を振れる奴、会話の流れを作る奴、その内容を噛み砕く奴、その他もろもろ何かしら役に立てない奴が、集団の足を引っ張る奴がこの先徐々に脱落していく。  会合が終わり、店を出ると各々散り散り帰路についた。この後は、皆忙しい。帰宅し家族の機嫌を取って、授業の予習復習を済ませ、ホームジムで筋肉を鍛え、メディアや娯楽を履修する。娯楽とは、目を通し出した見解を脳に纏うアクセサリーだ。  その競争に音を上げた奴が、偏差値の低い馬鹿野郎か勉強以外何も知らない勉強バカに成り下がる。  俺はそうは、なりたくない。  ◇◆◇ 「俺、全然勉強してねーから」  日中気温が夏並みに上がり、学ランから半袖シャツまで皆格好がバラつきだす頃、高校最初の定期試験。言う方も、真に受けられると思っていない、テンプレどおりのブラックジョーク。 「あるある、俺もそうだった」  今後を考え、そう胸を張り語るために、既成事実を作り合う。社会性を担保するため、灰色の部分を残さぬように互いにペンキを塗りたくり合う。  休み時間に済ませなければ、勉強時間が削られる。その焦燥感を皆が持ち合う。  尤も俺は、有名私大に受かりさえすれば上々程度に考えてるがな。東京一工なんて場所、目指したところで出た奴等がほぼ勉強バカばっかりだ。一流企業のお偉いさんにKやWの多い事。あの元総理大臣さんに至ってはM大卒だろ? 世の中そんなもんなんだ。  結局バランス取ろうとしたら、それより上は目指せない。  おっとっと、今日はこいつが委員の仕事でバタバタしてる日だったんだ。俺は園田(地味メガネ)の足を取って廊下に派手に転ばせた。 「いい加減にしてもらえない? 私、急いでるんだけど」 「しょっちゅうひとの足蹴っといて言いがかりかよ? 前も見ないで廊下を走ったりする奴が悪いだろ」  一丁前に楯つくのかよ。貧乏人のワープア女が。 「何度もわざと足引っ掛けるほうがよっぽどじゃないの?」 「言いたいことはいろいろあるが、バイト遅刻すんじゃないのか?」  俺を園田(地味メガネ)がひと睨みして、そそくさその場を去っていった。
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