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「園田。そんな報告は、いちども耳にしていないぞ」
バ〜カ、真実ってのは何が事実かよりどんな事実が誰にとって都合がいいかで決まるんだよ。
「はい、以前から何度もぶつかられていました。幸いといってはなんですが、その際はこちらに大したダメージは無く、むしろぶつかって転んだ園田さんが心配でもありましたのでそれは軽く注意する程度で穏便に済ませていました」
「そうか。園田、私にはどちらの言い分が正しいかまではわからないが、少なくともお前が安西をはたいたき暴力事件を起こしたのは間違いないな?」
「――はぃ。……」
青菜に塩だな。世の中ってやつがよくわかっただろ? 弱い生き物。ここで更にあとひと押し。
「先生、園田さんも大変なんだと思います。アルバイトで家計を助けながらここの授業について行くのはさぞかし大変なんだろうなと、僕は思います。
つい精神的に余裕が無くなってしまうのも仕方ないのではないかともです」
戸田は進学校でクラスの担任まで務めるベテラン教師だ。酸いも甘いも、時に厳しい決断を下すことも経験してきたことだろう。そして、不必要な面倒事は要領よく切り抜けながら今に至ると考えられる。
「園田。やり直しがきくうちに、もう一度現状を真剣に見つめ直したほうがいいんじゃないか? 正直中間期末の結果で見ると、ここを出たところでその先は厳しいぞ」
園田が涙を落とし黙って首を横に振る。女の涙がホントに武器かどうかって、見た目次第で変わるよな。
「悪いことは言わない。大学ってのは、入るまでも入ったあとも大変な場所だ。金銭面の話でもな。そしてここは、その大変さを乗り越え頑張りきれる子たちのためにある学校だ。就職に強いところでやり直すのもテだぞ」
園田、おまえは問題児の条件を全て満たしているんだ。家庭環境、協調性、学業成績に難があった上で今度は暴力事件の加害者だ。当然担任は鬱陶しがる。
「先生、わたし、頑張りますから、どうかこの学校に居させてください」
震える喉から声を絞る。この女からこの高校を取り上げたなら、自尊心の拠りどころが無くなり果てることだろう。
「そうか。安西はどうだ? 園田のことは許せそうか?」
ほいきた。先生、ナイスパス。
「そうですね。まず、謝罪の言葉は欲しいですね。もしかしたらこちらにも落ち度のあった話かもしれませんが、何よりも先に暴力を振られケガをさせられたことに関して非を認めてもらってからでないと話は難しいです」
園田が唇をわなわな震えさせる。先ほどとは明らかに異なって見える感情を込める。
「その表情が、きみの本心を示すのかな? 先生に保身のために在学を懇願することはできても、同格であるクラスメートには謝ることすらできないのが園田さんの誠意なんだね?」
弱い生き物は表情筋が感情で動く。強い生き物は表情筋を打算で動かす。
「園田。人として最低限度の常識もわきまえないなら、この学校に居させることは出来んぞ」
園田の全身に、ぷるぷるぷるぷる地震が起きる。俺は園田を顔で咎めて心で嗤った。
「――安西、くん、この度は、軽率にも暴力を振るってしまい、誠に申し訳、ありません、でした……。どうか、お許し、ください、ませんか」
「安西、園田もこう言っておるぞ」
戸田の顔が辟易している。もうこれ以上手間かけさせるな、そう目がこちらに訴えている。
「そうですね。かなり引っかかる部分がありますが、今後の園田さんの態度次第ですね。次また同じことがあれば、そのときは然るべき場所に出ることも考えます」
これでもう、園田の今後は目の敵だな。担任の、戸田先生のな。
「園田。今後は謹んで行動しろ。あとバイト先には私の口から説明しておくから、今日はもうまっすぐ帰って頭を冷やせ」
あ〜あ、今日の日当がパァになっちゃったな。痛手だろ? 園田さん。
今日のホームルームでは、暴力とそのリスクについて簡潔にまとめた話が述べられた。感情に振り回されてはならない旨や、非常識な振る舞いは当人だけに留まらず集団の信用をも傷つける旨、当人のいちばんのリスクとして集団から社会性を疑われる旨。
皆さんはもう高校生で、考え無しで感情だけで動くことが許されにくい年齢になったんですよと戸田先生は話を締めた。
ホームルームの途中から、そこかしこからひそひそと聞こえてはいた話し声が担任が教室を出た途端に大きな話し声へと変わった。バイトに急ぐどっかの誰かは、視線と声で突き刺されていた。
「安西、今日おまえは絶対に来いよ」
深沢からの、バーガーショップへのお呼び出し。内密にする話となった暴力事件の渦中の人へのガバガバ極秘インタビューのお誘いだ。いいだろう、聞かせてやるよ。枯れ木に花を咲かせましょうってな。
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