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「安西、今日おまえは絶対に来いよ」
深沢からの、バーガーショップへのお呼び出し。内密にする話となった暴力事件の渦中の人へのガバガバ極秘インタビューのお誘いだ。いいだろう、聞かせてやるよ。枯れ木に花を咲かせましょうってな。
「安西、本当のコト話していいぜ」
深沢をはじめいつもの面子が目を輝かせてこちらを見つめる。『本当のコト』? 耳にしたいのは事実よりも当事者の面白い証言だろ?
「あの地味メガネには、まえから何回も因縁ふっかけられてたんだよ」
「それで? それで?」
「何回も向こうから廊下でぶつかられながら、その度に軽く注意するだけで穏便に済ませてた」
「それで? それで?」
ここひとつ溜めを作る。ポテトをつまみ、シェイクを啜る。おっと、シェイクが空になっちゃった。
「安西! 次何飲む? 皆でおごるぜ?」
「オレンジジュース。ひとにモノを話してると、糖分が欲しくなっちまうんだ」
「田島! 下行ってオレンジジュース買ってきてくれ!」
「おう! 面白いコト言ってたら俺にも聞かせろよな!」
他人に奢ると言われたときは、その目的を見極める。そうすると、奢る側が実に機嫌を良くしてくれる。
「で、ある日言ってやったよ。『お前は頭が良くは無いから時間とサイフに余裕を作りきれないのはわかるけど、廊下は前を見て進んだほうがいい』ってな」
「間違ってねーな」
コトの次第を知っているんだか察したんだかわからないが、問い詰められる心配をする空気ではない。
「そしたらあの地味メガネ、逆ギレしてひっぱたいてきやがった。さすがにあっていい話じゃないから職員室の戸田んとこまで連行した」
「そこから今日の戸田の話に至るってわけか」
お、オレンジジュースのお出ましだ。俺はサイズを選ぶ手間が嫌いで選んだジュースのパックにストローを挿した。
「深沢! なんか面白い話あったか?」
「田島、こいつ園田にフラグ立てようとされてたってよ」
「マジ!? あの地味メガネに?」
「おまえ、地味メガネに迫られるのとメガネかけたオオサンショウウオに迫られるのどっちが嫌?」
「変わらねーだろそれ! どっちも嫌だよ!」
「それオオサンショウウオに失礼じゃねーか?」
「そうだな、逆にもし人間そっくりなオオサンショウウオが居るのをオオサンショウウオが見たら同じコト思うかもな」
「やっぱそうだよな、オオサンショウウオはオオサンショウウオの見た目してねーとな!」
心無い言葉がにこやかに飛び交う。他人に残酷になってるときって、強くなった気になれて気持ちいいよな。
「で、あの地味メガネ、ロクに謝りもしねーの」
「それはキミが女の子の気持ちをわかってあげないからだよ、王子様」
「気持ち悪っ!」
他人の不幸は蜜の味。ブラックジョークで盛り上がる。
「茶化すなよ。だが、暴力を振るって嫌々にしか謝らないって、こっちが向こうに暴力を振るって同じコトしたらどう思うかな」
「暴力自体をそこまで真剣に考えるようなことじゃないって思ってるのかもしんないぞ」
深沢の両眼が意地の悪い輝きを放つ。無言の圧で、けしかける。実に気が利いている。
「だけど、園田ごときを殴って内申を悪くするのもな」
答えなんてわかりきった話だが、言葉に出させて言質を取る。
「先に暴力事件を内密に済ませてもらったのは向こうだろ? やっちまえよ」
ありがとうな。計画通りだ。だからこの時期を選んだ。
入学当初の右も左も分からない緊張感も中間期末を無事に終え、あと数日で夏休みということもあって開放的に気が緩む。それに、そろそろ退屈してきただろう? 人生いちどの青春を、ステレオタイプに終わらせたくはないだろう?
彩ろうぜ、青春を。弱い生き物を踏みにじる、極彩色の暴力で。
今日も一日無事終わり、皆カバンを手に席を立つ。いちばん後ろの席だったのが運の尽きだな、園田さん。俺は園田の机をおもむろに蹴り、席ごと壁に埋め込んだ。
「やめて……、ゃめて……」
机に突っ伏し頭を両手で抱えこむ。
「大丈夫、俺は顔みたいな外から目立つ場所を狙うバカじゃない」
俺は机を取り上げ振りかぶり、夏服だろうと袖の下に傷が隠れる肩口めがけて振り抜いた。
「キャア!」
うっわ、気持ち悪っ。ゴキブリを部屋で見つけたときの嫌悪感。生殖本能の求めない雌が女の悲鳴をあげたときって、虫酸が走るものなんだな。
「何してんだ安西!」
羽鳥だ。何を思ったか進学校で柔道に励む、何考えてるかわからない奴だ。
「何って、やっていいこと」
「そんなわけないだろ! ふざけるな!」
ただ図体がでかいだけのスポーツ野郎が、俺の胸ぐらを掴みあげる。審判つけて、位置について、よーいどん! に慣れ過ぎてなければ利き手で胸ぐらなんか掴まない。
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