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「何って、やっていいこと」
「そんなわけないだろ! ふざけるな!」
ただ図体がでかいだけのスポーツ野郎が、俺の胸ぐらを掴みあげる。審判つけて、位置について、よーいどん! に慣れ過ぎてなければ利き手で胸ぐらなんか掴まない。
俺は腹筋に溜めを作って背中を反らし踏ん張りを利かせ、身構えながら羽鳥の右腕に右手をそえた。
「もし法律の話なんかをしてるなら、お前のそれ暴行罪だぜ?」
「そんな話じゃないだろうが!」
スポーツ野郎が、がなりながらシャツを引っ張る。俺はそれに呼吸を合わせ、鼻っ柱にヘッドバットをぶちこんだ。
「汚ねぇな、顔とシャツを汚すなよ」
顔全体が、べっとりとして血なま臭い。俺は手首と肘を極め、反射的に嫌がる羽鳥を床面めがけて投げつけた。
「で、さっきの続きにもなる話だけど、別にこれってやっていいだろ?」
俺は顔面から床に落ちた羽鳥に聞いた。右腕の各関節の可動域を殺しながら。
「先に暴行を働いたの、お前。それを正当防衛だけで許すの、俺。言いたいことはわかるだろ?」
俺は関節技の極めを強めた。
「だんまりか? え? 都合が悪いとだんまりか?」
「何の話だ」
鼻血を床にまき散らし、羽鳥は必死で喉を絞った。
「だ、か、ら、さ。俺は暴力事件の被害者だけど、穏便な話に済ませてあげたいの。ところで羽鳥は大会とか出るの?」
「一年生は今年は全員応援だ」
「なら折っていいね。俺って怖がりだからさ、この胸ぐらを掴みなんかしやがった物騒な腕を折って使えなくさせないと安心できないんだ」
俺はさらに強く極めた。
「やめろ! やめてくれ!」
「無理。折らないと安心できない」
「お願いします! やめてください!」
帰宅部に、投げられ極められ命乞いをする柔道部。本当に強い生き物は、勝ち戦以外戦わない。
「そっかそっか。なら、ひとつ条件があるんだけど」
「何ですか?」
「俺が極め技を解いたら即教室から出ていけ。守らなければ次は無い」
「わかりました」
俺が極め技を解いてやると、羽鳥は直ちに去っていった。
「羽鳥!」
羽鳥の背中がビクリと跳ねた。
「カバン、忘れてるぜ?」
羽鳥はカバンを受け取ると、とぼとぼ歩いて教室を出た。さて、邪魔者はもう消えた。お愉しみの幕開けだ。
「逃げなかったか。その潔さだけは褒めてやる」
園田は、肩を抑えて震えながらその場にへたり込んでいた。俺は腹のまえに膝を持ち上げ、全体重を乗せた前蹴りを園田《弱い生き物》の胸骨に打ち込んだ。
「あの後さ、みんなで話し合ったんだけど、やっぱおまえの態度はナメてるよ」
園田が両腕を胴体の前に組み、無駄に身体を守ろうとした。俺は今度は骨盤めがけて更に前蹴りを打ち込んだ。
「普通さ、礼儀作法ってモノがちょっとでもあるもんなのよ。敬意って言ってもいいかな。さっきの羽鳥だって、頼みごとがあるときは自ら懇願してきたよな」
園田はきょとんとした顔をしていた。
「わからないか? おまえのビンタとおまえの態度は、低脳で野蛮で乱暴極まりないんだよ」
園田の両眼が右に左に泳ぎまわる。両眼と脳で逃げ道を探す。無防備に胴を開けながら。
俺は園田のどてっ腹に上足底をねじ込んだ。
「おまえ、何回俺の足を蹴りやがった? 何回俺にガン飛ばしやがった? 俺から道を空けてやるのがおまえにとって当然だったか?」
「……、そっちが、足かけてきたんじゃん……」
うずくまってこひゅーこひゅーと呼吸音を立てながら、園田が性懲りもなく反論してきた。
「だからそこだっての。暴力事件の犯人さんが、なに因縁ふっかけてくれちゃってんだ? もし警察に話したら、学校は退学バイトはクビだと思うんだけどな?」
俺は露骨に言い含めた。もし話を大きくしたら、おまえのほうが受けるダメージはでかいんだぞと。
「ホントさ、顔面にビンタなんかしてくれちゃって。顔の傷って、外から見て目立つんだよ。もし問題が大きくなったら、この学区随一の進学校の名誉が傷つきここの全員が困るんだけどな!」
俺はその場で飛び上がった。落下に合わせ、蹴るたびにバッタの腹みたいな感触のする園田の腹に渾身のストンピングを見舞ってやった。
「深沢、俺が言ってるコト間違ってるか? お前、このカスひとりに振り回されて志望大を逃しなんかしちまったときその溜飲をどう下げるんだ? おまえもわからせたほうがいいぞ」
おまえの言葉、俺はちゃんと覚えてるから。おまえ、自分からけしかけたよな? 協力くらいしてくれるよな? トモダチだろ?
「安西、こいつ一応は謝ったんじゃねーの?」
「一応はな。俺が謝罪を要求し、戸田に諭されてやっと一応嫌っそーーーな顔で謝罪したな」
「この場に戸田は居ないな」
いい性格してるよな。俺たちは気が合いそうだ。
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