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親父にしこたまどやされた。業者に頼んだ処分費用、教育委員会への裏金、そして恐喝じみた遺族の説得。いくらかかったと思ってるんだとどやされた。
だって仕方がないじゃないか、あんなにバカだと思わなかった。コトが終わるまでじっとしてればよかったのに、逆海老縛りを抜けようとして縄をノドに絡ませテンパりキョドってそしてそのまま窒息死。
母子家庭の経済弱者が高専なんか受験するから、絶対失敗させてやろうと思ってしまった。
思うだろ? 訴訟費用も工面できないこの世の雑魚が試験日の違う高専なんて受けようものならそうイジメられて当然だって。
そんな簡単な計算すらも出来ない馬鹿が、最期すらも馬鹿だった。
春からは、鳶でもしとけばよかったじゃん。貧乏人にはそれがピッタリ。裸で縛られ受験に失敗みんなが笑顔の卒業式、それがみんなの幸せだった。そのはずが、プライドなんかを持ち間違えたかそんな末路を辿りやがった。
ひとつ幸運だったのが、弟がひとり居たことだった。
母親が食ってかかったが、あまり問題を大きくすると下の息子が不幸になるぞと親父が諭すと両眼に怨嗟と涙を溜めて引き下がった。
「弱い生き物になりたくないな、こんな仕打ちを受けるから」
俺はこうはなりたくない。他人に気分で好き放題にオモチャにされる、弱い生き物なんかには。
俺は強い生き物だ。そう実感し続けたい。だからイジメはやめられない。
桜の舞い散る季節のなかで、新生活が幕を開けた。学区最高難易度の進学校の門をくぐって入学式。伝統と格式なんかを掲げて正当化するボロい校舎は実に気分を盛り下げさせた。
私立単願も考えたんだが、寮生活か偏差値が低いかそのどちらかで断念した。強い家柄高い偏差値、どちらの武器も捨てたくなかった。
「東京に生まれたかったな。東京とかなら偏差値の高い私立に進学出来たのに」
無いものねだりはひとまずやめよう。現実に目を背ける行為は、弱者の行為そのものだ。
「初日から来ていない奴が居る」
時代を問わず情報は武器だ。遅れをとれば不利になる。クラスメート、担任の教師、初日のうちに把握して、どう立ち回れば誰を味方につけるべきかを考える。
そうしないと、不必要にクラスで浮いて、これから3年苦しい思いをするはずだから。
そんなこともわからないバカ、どんな面で現れるんだろ。
「皆さん。ホームルームを始めるまえに、皆さんのクラスメートを紹介します。園田、前に立て」
銀縁メガネの地味な女が、昨日空いてた席から立った。
「初めまして、園田歩です。これから一年間よろしくお願いします」
「皆さん、拍手をお願いします」
先生に手を叩かされて、歓迎の意思の表現の義務を強要される。鬱陶しいなか3年後の内申のために拍手を送る手間をかけた。
「園田、席に戻れ」
園田は軽く会釈をすると席に戻った。
「えー、園田さんは、妹とともに親戚の方の家に居候していて学校の許可を得てアルバイトで家計を手助けしています。
なので、昨日のようにやむを得ず席を外すこともありますが、皆さん事情は理解してあげてください」
教室が軽くざわついた。俺は周りに話を合わせた。お金が無いのに進学校かよ。バカさ加減に呆れはしたが、顔にも声にも出さなかった。
「それでは、ホームルームを始めます。皆さん、静かにお願いします」
朝の連絡事項が簡潔に述べられたのち、ホームルームが終了した。
帰りのHRが終わった放課後、園田がそそくさと帰る。苦学生は余裕が無いなと、クラスの奴らと談笑しながら陰で思った。
面の皮に笑顔を貼りつけながら様子を探る。見た目や所作や会話のキレからスクールカーストを予測する。強い生き物を味方につけて、弱い生き物を従える。
もう戦争は始まっている。真に強い生き物は、争うこと無く捕食する。
そんな日々が続いたある日。廊下で中学からの友人と、近況について駄弁っていたら園田が血相を変えて走っていた。
その園田の足首に、俺は足を引っかけた。園田が無様に転ぶ。
「なにがあった?」
ジャージ姿の体育教師が睨みをきかす。新入りを眼で威圧する。
「すみません。園田さん急いでたみたいで、よけたんですけど足が絡まっちゃいました」
園田はきょとんとしていた。
「そうか。園田ってお前か? 廊下を走ったらいかんだろ? 小学校も卒業しとらんのか? え?」
「すみません。バイトに遅れそうでしたから」
金縁眼鏡を光らせながら、体育教師が園田を見下ろす。園田はしどろもどろに目を泳がせた。
「バイトだと? 学校の許可は取っとんのか?」
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