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<これが私の生きる道-2007.SPRING>
保育士2年目、4月。去年と同じ3歳児、子どもは違うけど同じ保育室。部屋の環境の整え、保育の段取りの打ち合わせが終わり、幼児クラスで年間の行事日程について話す幼児会議まで中途半端に時間があった。
「児童原簿、名前書いておいていいですか?」
「おっけ、おっけ!ありがと、助かる!!それ終わったら記録簿も書いといてくれる?」
「了解っす」
原簿は家族構成など入園時の情報が載っているもので、ちゅうりっぷはほぼ進級児なので書き足す必要は無いが、毎年担任名とハンコを押す必要がある。記録簿は、毎年成長の度合いを記録するものだ。年齢ごとに項目が違い、例えば「お箸が持てる」ができていたら○を付け、前期と後期に子どもの発達を短い文で書く。書き慣れた自分の名前と、初めて書く名前を、コツを掴むまでゆっくり書いていく。
「みっつ、字綺麗やなぁ!堂々としててええわあ!」
「そっすか?ありがとーございます」
かじ先生ってどんな字だっけ?と目を向けると、尖っても丸字でも無い中途半端としか形容できなかった。性格はあんなにメリハリあんのにな。字には現れねぇんだな。
「あのさぁー腹割って話していい?」
「? いっスよ?」
「みっつはどんな保育士になりたいん?」
「はぁ……。どんな、って」
「何で保育士なったん?」
何だったっけ?答に詰まった。
真由が可愛いから?あえが保育士を目指したから?自分のペースで出来そうだったから?それっぽいのは浮かぶけど、これだっていうようなんは無い。
「まあ、過去はどうでもいいか。そうやなぁ、この1年どうしたい?程々で補佐役狙って行くのか、来年リーダー担任になれるよう力つけていくのか」
「んー……」
そこそこでいっすかね。なんて言ったら怒られそうだから悩むふりをしたけど、この園でリーダー取りたいとは思わない。
正座で行い、フラッシュカードを見せる退屈な日課活動。昼食前の「お父様お母様ありがとうございます。先生皆様いただきます」の長い挨拶。食べるときは静かに食べる。保護者受けでやっているような鼓笛隊。夕方一字ずつ進むひらがな指導。ここのカリキュラムに魅力を感じなくて、積極的になれない自分がいた。
「うちはな、一昨年から主担任してるんやけど、保育って結局大人同士の人間関係やと思ってんねん。家よりも長い時間職場にいるんやから、実のあるものにしたい。うちはずっと主担任持ち続けて保育の現場にずっといたいって決めた。みっつは?みっつはどうなん。言い方構わないで言うなら、新人の割にやる気ないし、積極性も無い。とりあえず波風立てず終わればOKみたいな感じがするんやけど」
見事言い当てられて苦笑いがこぼれた。直接見返せず、持っていた書類の束に目を落としながら
「かじ先生が本気で言ってくれてるから、僕も本心で言いますけど……園風が合わないって思うところが沢山あって、学びたい気持ちはあんま無いです。……もっと子どもの喜ぶような活動したいなとは思いますけど」
無い、で終わると怒られそうだから、最後に心の片隅で拾った言葉を付け足した。
「例えば?」
「そうですね……外は……あんまりいけないから、室内でできる事……」
何したっけな。不思議と自分がリーダーをとった時の記憶しか思い浮かばん。ふじ先生が休みかつ園庭に行けない日にやった遊びを思い出す。椅子取りゲーム、風船、新聞紙……。
「ほな、みっつ。あれやってよ、あれ!」
「どれっすか?」
「製作!年間で製作計画立てて、準備から当日進めるのと掲示まで全部やってみ!」
「僕、作るのそんな得意じゃないんすけど……」
「3歳やから、大人が手かけなくても子どもにやらせたらいいねん!型紙コピって厚紙の型作って書いといて子どもらに切らせるとかさ。製作を計画的にできたら仕事楽になると思うんよ」
え、なんか面倒臭い事頼まれたけど……、これかじ先生が楽したいだけのやつじゃね?
腹割って喋りたい、ってオレができそうな仕事振っただけじゃね?
押されに押されまくって、やってみます、と首を縦に振ってしまった。
安い給料、多い雑務。やたらある書類。すみませんばっかの保護者対応。続けていけんのかな。未来が見えない。
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