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1.稲妻サンダー99(1999.September)
「マジ行くん?」
暑さを実態化して殴って涼しくなるもんなら殴ってやりたいけど、拳を振り上げたところで何も変わらん、体感温度が上がるだけだ。
とあまりの猛暑さにしょうもない事を頭によぎらせながら、自販機で買ったコーラをプシュッと開けるのと同時に問われた。落雷のように全身を駆け抜ける。
「は?」
「きょーいくだい」
動揺して制服にこぼれたのを無視して、乾きに耐えられず口をつける。暑さと違って、まだ実感がない言葉に耳を防ぐように。
「ちげぇよ」
「やっぱり?間違えだよな、そんなとこ行くなん」
一気に飲み干した勢いで言った。
「教育学部」
口が気持ち悪い。
「マジかー。なんで?センセーとかなりたいタイプか?」
「ちげぇよ。家的に国公立でって言われてて、経済と工学部よかはマシかなってくらい」
チャリに乗りながら、早く会話を終わらせたくて、お前は?とあっきーに聞き返すと、まだ決めてねー笑、の一言で終了した。そこからの帰り道は暑苦しい風を受けながらお互い無言だった。
体感は変わらないのに、どことなく秋の切ない夕空をちらっとみながらチャリをこいだ。
あっきーは、小中高とずっと一緒で当然のように同じ道を歩いてきた。いつまでも同じとは思っていなかったけど、こんなに突然に終わりが見えるとも思っていなかった。
動く歩道に乗って楽してきたくせに、オレにも歩かせろ、と逆ギレした中学時代を経て、高校の今、こっからはどのエスカレーターに乗ろうか考えているオレと、自分で歩くチャンス、自分で決めた道を選ぶんだ!という自分、両方いた。多分、どっちも面倒くせぇんだろう。それなら、まだ嫌が少ない方を選ぼうと思った。それだけのこと。何日もかけてるけど、まだ決めきれないこと。
杏樹とかぶんのが嫌だ。せっかく高校が離れてのびのびやってたのに、また同じところに通うなんてどんだけ仲良しなんだよ。でも、中学高校と違って敷地が広いからそんなに気になんないかもだぜ?よし、だから、教育学部受けよう。
教育学部。学校なんか嫌いだったオレが教育学部。先生になりたいってやつで溢れてんのかな。正義感振り回して、ルール守ることが大好きな連中ばっかりなのかな。
上からものを言ったり、仲介して優越感に浸るようなやつらだろ?先生って。子供の為に、とか言っといて、結局自分を守ることが第一なんだろ。変な奴が多いんだろ。
だいたい無理だって。高校も家から近いだけで選んだやつが教育とか学んじゃうん?教育って、教えて育てる、だろ。教えられんの?育てられんの?そもそも、そういうことに興味持てんの?……じゃー、何が持てんの?経済、工学を出たやつがどんな未来を歩むか知らねぇけど、先生は10年間見てきたから、想像はつく。
一番未来が想像しやすいじゃん。就職した時、職場も家の近くにある。
あえ先輩も言ってた。
「職業なんてやってみないとわかんないけどさ、少なくともこういう仕事だと、数字で測られることないじゃん。学校だと成績評価とか出るけど、子どもらの成長って目には見えない、数字ではジャッジされない。営業何件取ってきたとかに比べたらね。それに就職先が近場で探せるのも魅力かなと思うんだよね。ほぼほぼ園がつぶれて失業することもないし。それから近くに教育学部あるしねー。まーとりあえずだよ!進路希望出せって言われたから出すの!」
あの言葉で、初めて進路を自分ごととして考えられるようになった気がする。遠い見たこともない物語みたいな景色を、目を閉じたら忘れてしまうくらいの儚さだけど、全身で感覚的に捉えられた気がする。
常にジャッジされる環境にいるオレにとっては、数字で測られないことは魅力的に思えた。
数字は残酷だ。曖昧にしてくれない。全てを照らし出す光みてぇに隅々までクリアにする。
でも、あえ先輩みたいに、全身をあっためて機動力になる赤外線ヒーターなら、光を灯してもいいかな、と思った。
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