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いつもならあえの家でゴロゴロしている頃、電車に乗っていた。横並びで立って徐々にビルが増えてくる景色に、あえは降りる準備をしだす。電車に2人で乗るのは学生ぶりかな。社会人になってから忙しくて遠くて旅行にも行っていなかったっけ。いや、あえは行こう行こうと誘ってたけど全部断ってたんだ。
時間のゆとりが無くなってから、2人で非日常を体験するより、日常を選ぶ方が楽になった。
本当は今日だって乗り気じゃなかったけど、あえの強引さとステーキ試食あるから!でしゃあねぇな、と動いている。
電車を終えると、あえがふわっと描いた地図を頼りに会場のホテルに着く。
「やばいー!テンション上がるー!るーさん、カメラ持ってきた?」
「あるよ」
と付き合い始めの頃誕生日プレゼントにもらった赤のデジカメを出す。貸して、とあえに取られながら、最後に撮った画像はなんだっけ、とすぐに思い出せない程触っていないことを、思い出す。
あえの先導で、披露宴照明演出、と掲示された部屋に入る。疲労宴、いや、ひろーえん。キラキラした照明、重そうなテーブルクロス、普段触ることもない上品そうな食器類、座り心地良さそうなイス、高貴な雰囲気の壁、ゴージャスな絨毯の踏み心地、オスメスつがいで溢れかえる空間、どれを取っても非日常だった。空いている席にあえが座るのに倣う。
上下左右細部までデジカメを連写していくあえに、そんなに撮るとこあるか?と聞くと、あるよ、とあしらわれる。
会場は、丸テーブルが複数あり、どのテーブルも中央に花とキャンドルが備えられ、一人ひとりにグラス、フォークナイフ2、3本、皿、ナフキンが設置されていた。
しばらくすると、扉が閉じられ暗くなり、新郎新婦席後ろに、ホテル名のスライドが表示され、司会が喋り出す。扉が開き、新郎新婦の格好をした人たちが入ってきた。移動する度、丸いスポットライトで追いかけられる。スライドが華やかに演出する中、新郎新婦が炎のついた棒を持ち、一番豪華なキャンドルに火を灯す。その後、各テーブルのキャンドルに2人一緒に灯していく。全てが灯されると、終了のアナウンスが流れた。
「いやー、良い!良いねー!イメージ湧くよねー!キャンドルは絶対やりたいなー!」
隣でグツグツと踊り出すかのように高揚しているあえに、ついていけなかった。
「すげーなーとは思うけど」
自分がやるイメージが持てない。
あえが見たがった他の部屋のブーケや花、食事の展示を見た後、ようやくステーキ試食に辿り着く。一口サイズだが重厚な存在感を出すそれは美味しかった。肉を前にしてあえはデジカメの写真がちゃんと撮れているかを見るのに忙しい。
帰り道の電車では、他のブライダルフェアを検索しては、「これはどうー?」「こんなんもあるよー!」と矢継早に聞かれる。
「はぁ……」
否定を含んだため息が思わず出てしまう。
「ごめんー!疲れたよねー、付き合ってくれてありがと。今日来て良かったよー、また行こうねー」
キラキラした目が眩しくて、圧倒されて、逃げたくて思わず浅く首を縦に振ってしまう。
目線を下げると、左手にお揃いの指輪が見える。付き合い始めに2人で選んだ指輪。いや、あえがこの辺りが良いとまず範囲を狭めて、その中から2人で選んだ指輪。
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