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3.ワールド☆サタデーグラフティ(★★★) (2013.Autumn) 凛としたい。の後
「忙しいのは承知の上でだけど……もっと会いたい、と思いました」
「会うのはいいけど、仕事とか勉強とかが進まねぇよ」
「じゃあ、隣でするのはどうかな?」
「集中できん」
「どうしても無理かな?」
「イヤホンしながらでいいなら、まぁ」
「あ、図書館とかはどうかな?」
「イヤホンしながらでいいなら」
「んー……わかった。それで一回やってみよう。時間と場所どうしよう?」
「11/*、昼2時、******図書館は?」
「わかった、11/*の土曜日だね、仕事持って行きます。楽しみ(ハート)」
「あんま期待しんといて」
「うん、邪魔にならないようにするね」
LINEを始めてから、短い言葉でのやりとりが増えた。いや、正確に言ったら話題が終わらず続くようになった。
会話の履歴を一画面で見られるから、前回のメールなんだっけ?と考えなくて済むのがいいんだろーな。
スマホというのが、ボタンを押さなくて入力できるのも負担減に感じる。
普段作業している時と同じ、変哲もない上下のスウェットに身を包み、リュックに書類やイヤホンを詰めて向かった。
会ってやることが手につかなくなるのが嫌だから、あえて早めに図書館上のフリースペースの端に着席し、取り組み始めた。
BGMは速くて歌詞のないやつを何曲かエンドレスリピート。ゲームのバトル曲みたいに闘志が湧いてくる。
同じ服装、同じ曲で、普段と同じように意欲を補填する。先に済ませておきたい授業の予習ノートを書き始める。
目当てを見出しにドンと書き、押さえる内容を矢印で書きながら繋いでいく。どーいう切り口にしたら興味持ちやすいか導入を考え、習字習わされた割に平凡な字を走らせる。
高校の時ライブで人前で歌った経験から、自分は人前に出るのがすきなことと、ぶっつけ本番の空気感が性に合ってることを感じた。
保育士・幼稚園時代の誕生会やクリスマス会なんかの行事の司会も楽しかったな。
ノートから目線を上げると、司会をやる時にはきっちり台本を作ってひとりリハーサルを欠かさなかった”カノジョ”が目の前に現れた。
「久しぶりだね」
「そー?」
「髪伸びたね」
「そろそろ切りたい。そっちは短くなったよな」
「うん、いつぶりかなって感じで短くしたよ」
BGMの音量を下げ、ノートに視線を戻し、続きを書く。カノジョは黙って隣に座り、集中力が途切れそうな柄の大きなバッグから四つ切り画用紙を取り出し、写真を貼っていく。
「作品展で掲示するやつ、作ろうと思って」
髪が短くなった姿は、出会ったときの彼女を思い出させる。初めての幼児クラス&リーダーで気合いを入れるために切った、とかじ先生が言ってったっけ。
同僚だった時のカノジョの情報の半分は、かじ先生のソースだったな。
「かじ先生、元気?」
ふと思い浮かんだ名前を出すと、嬉しそうに話し出す。
「元気だよ。もうちょっとしたら2人目欲しいなって言ってた」
「へー」
オレが知っている他の同僚の近況を話し出すカノジョの手は止まったままだが、オレは聞き流しながら教科書を写す単純作業をする。
一通り話し終えた彼女は再び作業に向かう。BGMの音量を上げると気分も上がる。隣にいることを忘れてやることに没頭できた。
とんとんっと腕にタッチされる。
「覚えてる?さっきのましろちゃんのお母さん」
「? さっきって何?」
「ママーって泣いてた子いたでしょ?あれが、ましろちゃんの妹のきいろちゃんで、抱っこしてたのがママ」
「へー」
曲聞いていたから一切気付かなかった。
ここから保育園はだいぶ距離があるから安心かと思ったが、意外と遭遇するもんだな。
ましろママは大雑把でタメ口で喋ってくるような保護者だから覚えている。在職中も『せんせー彼女いるん?』みたいにズカズカ聞かれた気がする。
「見つからなくて良かったな」
「そうだね。『ふじ先生は結婚しないんかー?無理強いはせんけど良いでぇ』とか言われてたから、こんなとこ見つかったら大騒ぎされるよ」
「めっちゃ言いそう」
恋愛からの結婚脳の布教にはうんざりする。他人の恋愛に興味あるんだろうが、恋愛に少食なオレにはほっといてくれの一点張りだ。好きだの嫌いだの受け止めて包み込んでだの疲れる。あえと一通りこなして腹一杯だ。
ふと窓の夕陽が目に入る。冬に向かっていく夕暮れは、なんか寂しく感じる。眠っていた欲が目覚める。
全部じゃねぇけどやらなきゃいかんことはできたし、もういいかな。
「♪早く逢って抱きたぁ〜い」
思わず頭をかすめたメロディーを口ずさむと、カノジョがふふっと笑って懐かしいね、と応えてくれた。色恋より性欲なオレは、本能に従った動物的に正しい存在だと思う。
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