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「はい、こちら丸安電気店です」
今日も仕事の依頼です。多分3丁目の田中さんか、4丁目の山中さんあたりかな。
「こんにちは、丸安さん。4丁目の山中ですけど、ちょっといいかしら?」
はい、正解。という事は洗濯機だね。
「はい、こんにちは、山中さん。今日はどんな御用で?」
「ちょっと、洗濯機の調子が悪くてねぇ、見てもらえるかしら?」
「はい、お安い御用ですよ。それでは今からそちらに伺いますね」
「いつも悪いわねぇ。それじゃぁよろしくお願いしますね」
商売繁盛、とまでは言わないけど、今日も仕事が入ってきました。
私の仕事は街の電気屋で、いろんな家庭の電気製品の販売設置とか、メンテナンス周りをすべて引き受けつつ、何か困ったことがあったら、相談に乗って解決してあげる、便利屋さん的なこともしていたりします。
電気屋としては、まぁ、郊外にある大規模電気店には品揃えでは敵わないけど、設置から故障修理対応までのアフターフォローサービスまで、全て「最速最安」で対応しているので、それなりに信用、信頼されている、っていう感じでしょうか。
私がお店を出したこの街は、大都市の住宅事情に対してのドーナツ化現象によって生まれ一気に宅地化が進んだ新興住宅地。その街の入り口にあたる駅の商店街の中に出店出来たので、駅から降りてくる街の住人にも認知度が高いっていうのが非常にありがたい所です。
山中家の洗濯機の機種と故障状況対応情報を会社のPCから自分のスマホにダウンロードし、故障交換用に水道との接続パイプを倉庫から持ち出し、営業車に乗り込んで山中さんの家に向かいます。
なんで、故障している洗濯機の状況を見ないでその準備が出来るのかって?それが最速最安サービスをモットーにしているわが社のポリシーだからです、と言ったら信じてもらえますかね。
山中さんの家に向かう移動の車中、ふっと学生時代の道徳の時間に担任のおじいさん先生に言われたことを思い出しました。
「世の中にはいろんなルールがある
「その中で全世界共通なのは、等価交換はどんなことでも通用するということだ
「商品を買ったらお金を払う、仕事をしたら給料、税金を納めたら行政サービス
「何かを得たら、何かを支払う、その等価交換のルールで、両社のバランスが崩れるとどうなるか
「商品と価格があっていなければ誰も商品を買わない、経済が成り立たない
「労働と給料があっていなければ誰も働かない、経済がやっぱり成り立たない
「法律もそうだ
「ルールがあって、皆が税金を払ってそのルールを維持しているから、社会は安定している
「その等価交換のルールを破るとどうなるかな?
「簡単に言うと犯罪者になるっていう事だな
「何かを得ているのに対価を払っていない、つまり、相手ものものを盗むのと同じことだ
「つまり、泥棒になるっていうことだ
「今の世界のルールでは泥棒は認められていない、どこにも生きていく場所が無い
「先生は、そんな状況にみんなを送り込みたくは無いと思っている
「だから、何かを得たら、何かを支払う、そのことは忘れずに生きていくように
その話を聞いた時には何か分かったような、分からなかったような感じでしたが、社会に出てみて、そのルールの大事さが良く解りました。なるほど等価交換、あるいはギブ&テイクの考え方って大事なんだなって。
小さいころから手先が器用で、パソコンの操作とか電気工作系にも抵抗が無く育った私は、普通に大学を卒業した後、一般の会社に勤めて2年ほど勤めたあと、1年間世界をふらふら旅した後、今のお店を始めました。
今の私の電気屋のモットーである「最速最安」の、という事は先んじて情報を得て対応を考えてタイムリーに商品を仕入れて在庫のリスクを回避することで成り立っています。おかげさまで開業以来、赤字になったことは一度も無くこの国の経済活動に貢献しています。
「先んじて情報を得ること」ってどうやっているかって?
そこは企業秘密、商売のネタだからなぁ。
じゃぁ、ヒントをあげよう。
ヒントその一 「新興住宅地」であるっていうこと
古い住宅地じゃダメなのかって?ダメじゃないけど、その世界に溶け込むのには時間がかかるから、コストとリターンのバランスが悪いかな。
それだけだとわからないって?じゃぁ、
ヒントその二 電気が無い生活は考えられない
当たり前だろうって?そうだね。今どきガスは通ってなくても水道、電気は必ず使うからね。
まだわからない?しょうがないなぁ、最終ヒントだよ
ヒントその三 通信手段が当たり前にある
昔は電話、今はスマホでどこでも、いつでも通信が出来てインターネットにも繋がるからねぇ、それも当たり前だろうって言われたら、そうだけど、新興住宅地であれば、ほぼ住宅地全域でネット環境が安定して、通信状態が「常時」確保できるからね。
さて、山中さんのお宅が見えてきました。
今どきの住宅で家の外に洗濯機を置いている家なんてないので、今日も家の中に上がって仕事の開始です。
洗濯機を設置した時に仕込んだ仕掛けはちゃんと機能を果たし、「大きな故障にならない程度」に洗濯機のパイプ部分を壊していました。その部分をさっと修理します。最速の名に恥じない、電話をもらってから1時間もしないで修理完了です。
修理を終えた後にお茶を頂きながら、さっと部屋の確認をします。リビングのWifi端末が正常に機能しているのを見つつ、山中さんと雑談です。
新しく家を建てている前川さんの話や、お子様が生まれたばかりで色々買い替えている杉本さんの話を聞きつつ、お代を頂き、山中さんの家を後にします。そんな日常の雑談も地域に溶け込んで生きていくためには必要な情報です。
ちょっと話の脱線しがちな山中家の奥さんに相槌を打ちながら話を聞いていました。
ある程度話を聞いて区切りをつけ、玄関を出て車に戻る前に、リビングに取り付けたエアコンの室外機が「まだ」ちゃんと動いているのも確認して、私の会社に戻ります。
ここでさっきのわが社の「最速最安」の答え合わせをしましょうか。
「新興住宅地が故に、多くの家に私のお店で購入したものが各家庭にある」「いつ壊れるのか(いつ壊すのか)」「その情報を各家庭からインターネットを経由してわが社の事務所で管理できる状態」が、わが社の最速最安の理由です。
各家庭で何気なく話している事でも別の人にとって見れば有効なものになります。
今回も山中さんの家で話されていた「あれ、最近洗濯機の調子が良くないなぁ」っていう会話がリビングでされているのを聞いていたからこその、最速での修理対応が可能になったわけです。
人によっては、「それって犯罪じゃない?」っていうかもしれませんが、いえいえ、各家庭の情報に対して、最速最安の修理という対価で応えているので、等価交換のルールにはのっとっていますよ。
それに「日常会話に関する情報のルール」はまだ、わが国にはありませんからね。
それまでは、私なりのルールでやっていこうと思っているわけです。
さて、商売のネタを話したところで、ちょうど電話が鳴りました。
きっと三丁目の田中さんからのエアコン修理の依頼に間違いないでしょう。
私は街の電気屋さんです。最速最安で、あなたの家の家電、修理しますよ。
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