第一話 オネコサマの社

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第一話 オネコサマの社

 奥州の、と或る山村に《オネコサマ》と呼ばれる神様を祀る社があった。  一  天明の大飢饉が収まりかけてきた、春の頃の話……。 「ギン? ギンは何処におる?」  一人の娘が辺りを見回しながら村中を歩いている。探しているのは、一匹の飼い猫だった。齢十四の娘……フミは今日一日の農作業を終える。家に戻れば、いつも居るはずの猫が忽然と姿を消していた。老猫のギンは、めったに家の外へ出ない。  春とはいえ、江戸から遠く離れた奥州の山地は未だに寒さが残っている。時折、冷たい風が吹き付けてきた。山々に囲まれた村は狭い。心当りをあらかた調べたフミの目に、或るものが留まった。  石像。膝の高さ程の石塚だ。その塚を目標にして、細い脇道が雑木林へと向かっている。村人はめったに出入りしない道だった。 「ギンは《オネコサマ》の処に行ったんか?」  フミは呟いた。  雑木林の中を突き進めば、谷底に向かって連なる石階段が見えてくる。古い石階段を下った先の底には、小さな下り宮が建てられていた。村人達は《オネコサマ》と呼んで崇める……猫神様の社だ。今から谷底に下れば、すっかり日が暮れてしまうだろう。フミは少し迷う。灯りは携えていない。それでも、ギンを放っては置けない。独り、下り宮に向かうことにした。  百段以上になる、長い石階段を降りた谷底に、小さな社が見えてきた。だが、探している飼い猫の姿は、此処にも見当たらなかった。フミはため息をつく。久しぶりに訪れた社を見つめてみた。小さな社に絵馬が奉納されていた。長い毛をなびかせた、一匹の大きな白猫……《オネコサマ》が鮮やかに描かれている。  しばし絵馬を眺めていた、その時だった。  フミの背後で物音がする。振り返れば、一匹の猫が居た。 「ギンなのかい?」  辺りはすっかり薄暗く、フミは目を細め伺った。  肥えたギンとは体型が違う。茶白模様の、若い猫。明らかにフミを警戒している様子だった。やがて、若い猫は遠回りで社に近づくと、口から何かをペッと吐き出す。足早に石段を駆け上がっていった。  フミはあっけにとられていた。が、猫が放り出したモノが気になってしまう。近づいてしゃがみ込む。薄暗くなった境内に輝きを放つ、小さな勾玉だった。 (キレイ……)  まるで宝石の様な、白く透き通る石をフミは初めて見た。つい勾玉に触れようとするや、 「触るでない!」  雷が堕ちたかの如く、鋭い声。ヒトの声だ。先の猫ではない。驚きのあまりフミは尻もちをついた。何者かが娘を見ていた……否、見張っていたのだろう。恐る恐る振り返れば、社から離れた林にうっすらと人影が。長い白髪をダラリと下げ、山姥が仁王立ちしていた……。
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