盗まれた人気作家

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盗まれた人気作家

 執筆部屋のドアが激しく叩かれた。小山田を担当する編集者だ。 「先生! 先生っ! もうとっくに締切を過ぎてますよ! いつになれば新作が仕上がるんですか!」  鬼の形相で喚き散らす編集者を見ながら、小山田は分が悪そうに目を伏せた。 「実は――」  新進気鋭の推理小説作家である小山田。彗星の如く文学界に姿を現し、処女作で世間をアッと驚かせた。あまりにも斬新なストーリー。意表を突いたトリック。クールに謎を解く探偵のキャラクターは、読者の印象に強く刷り込まれた。 「――泥棒が入ってねぇ」 「泥棒?」 「あぁ」 「新作の原稿を盗まれたんですか?!」 「いや……」 「じゃあ、いったい何を!?」 「その、つまるところ、才能をね……」  小山田の言葉――編集者にとってはそれが子供じみた言い訳に聞こえたのだろう。おそらく誰が聞いてもそう思うだろうが――を聞いた編集者は、呆れた表情で肩を落とす。 「この期に及んで、何をいい加減なことを言ってるんですか!」 「いや、本当なんだってば。泥棒に才能を盗まれてからというもの、ひとつのアイデアも浮かばなくなってしまって……」 「奇妙なことを言うのは小説の中だけにしてください! 新作、期待してますからね!」  そう言い残すと、編集者は部屋から出て行ってしまった。  それから数ヶ月後、新たな推理小説作家が彗星の如く現れ、賞を受賞した。その名は西園寺翼。小山田の作風と似ていることを指摘する者もいたが、結果的には、新作を出せず期待外れと罵倒された小山田の座を奪い、注目を集めていった。 「絶対に捕まえて、才能を取り戻してやる」  小山田は見抜いていた。自分から才能を盗んだ泥棒作家である西園寺が、本来であれば自分が発揮すべき才能を首尾よく活かし、例の小説を書き上げたことを。  憎き泥棒作家の受賞を知った日から一向に走らない筆を置き、小山田は奪われた才能を取り戻すことだけを考えた。  出版社の知人から、西園寺の住所を聞き出すと、ヤツとの接触の機会を伺った。  執筆に没頭しているのか、それとも小山田が才能を取り戻しにくることに怯えてか、西園寺は姿を現さなかった。  張り込みしてから二週間が経ったある夜、玄関から出る西園寺をついにその目に捉えた。 「おい! この野郎!」  身を潜める柱の陰から、勢いよく飛び出す小山田。突然の怒声にひどく怯えたのか、西園寺は慌てふためきながら声の主を探している。 「よくも俺から才能を奪いやがったな! 返しやがれ!」  事態を察知したのだろう。西園寺はその場から逃げ出そうとした。そうはさせまいと、小山田が彼に飛びつく。 「やめろよ!」  必死で抵抗する西園寺。苦悶の表情を街灯が照らし出す。 「俺の才能を返せ!」 「僕は小説家になるのが夢だったんだ! 返すわけにはいかない!」 「他人のふんどしで相撲をとりやがって! この凡才野郎が!」 「黙れ!」 「殺されたくなかったら早く返しやがれ!」  痺れを切れした小山田は、西園寺の首に手をかけ、徐々に力を込めていった。 「うぐぐ」  弱々しい声が西園寺の口から漏れる。 「俺から才能も人気も名声も奪いやがって! 神様が俺だけに授けた天賦の才を返しやがれ!」  叫びながら首を締め続ける小山田。やがて西園寺は一切の抵抗をしなくなった。 「ははは! これで才能が戻ってくる。俺は文学界に返り咲くぞ!」  ピクリとも動かなくなった西園寺の前頭部から、仄白い魂のようなものがひょろんと飛び出した。 「あっ、俺の才能!」  小山田はそれを掴もうとしたが、なかなかうまくいかない。  ふわふわと漂う小山田の才能。凡才に成り果てた小山田をあざ笑うかのように、舞ったり落ちたりを繰り返した。  それに翻弄され、尻もちをついた小山田の目に、一匹の三毛猫が飛び込んできた。  小山田の才能は、新たに宿る主を見つけたと言わんばかり、三毛猫の頭の中にスルッと入ってしまった。 「なんてことを!」  なんとか体勢を整え捕まえようとしたが、三毛猫は素知らぬ顔で、夜の闇に消えてしまった。  それから数ヶ月後、身元を明かさぬ匿名作家が彗星の如く現れた。三毛猫の探偵が活躍するその推理小説は、またたく間に世間の注目を集め、名誉ある賞を受賞。文学界を大いに賑わせた。
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