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「伊織!」
「穣くん」
「委員会終わった?」
「うん」
委員会の集まりを終えて教室に戻る途中で、穣くんが廊下の向こうから歩いてきた。
仁も背は高いけど、穣くんはもっと背が高い。確か180センチ以上あるはずだ。目の前まで来た穣くんは、その高い背をかがめて俺の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「え?なにが?」
「なんか最近、元気ない気がしたから」
「…そんなことないよ?大丈夫」
「伊織の大丈夫は信用できねぇんだよなー」
そう言って穣くんが笑う。
時々思うことがある。もしかしたら、穣くんは俺の仁に対する想いに気付いているのかもしれない。気付いているのに、ずっと気付かないふりをしてくれている。
「仁と拓真、俺らの教室で待ってるから」
「あ、うん。穣くんは?どこ行くの?」
「ちょっと野暮用。先帰ってていいよ」
ひらひらと手を振って、穣くんは廊下を進んで行った。
仁も穣くんも女の子にとてもモテるけど、ふたりとも彼女がいたことは一度もない、はず。
ふたりとも拓真のことが好きだったりして…なんて、勝手にこんなことを考えて、勝手に落ち込む。
恋ってもっと、楽しいものだと思っていた。
キラキラして、わくわくして、心がぽかぽかと暖かくなるような。
だけど本当の恋は、苦しくて、寂しくて、どんどん自分を嫌いになっていく。
一度自分の教室に鞄を取りに戻って、仁と拓真のもとに向かう。
ふたりは今、どんな話をしているんだろう。
仁は今、どんな顔で拓真のことを見ているんだろう。
ふたりのところに行きたくない。だけど待ちぼうけさせるわけにはいかなくて、静かな廊下をとぼとぼと進む。
ふたりがいる教室のドアは半分ほど開いていた。すごく静かで、ほんとにふたりはいるのかな?と中を覗いた瞬間、目の前が、真っ暗になった。
仁と拓真。
ふたりきりの教室で、ぽろぽろと涙をこぼす拓真の肩を、仁が優しく抱いていた。
ふたりに気付かれないように、そっと後退りをする。震える足で校門を抜けたところで”急用が出来たから先に帰る”と拓真にメッセージを送った。分かりやすすぎる、バレバレな嘘。
すぐに仁から着信があったけど、どうしても出れなくて無視をしてしまった。
そのあとどうやって家まで帰ってきたのかは、もう覚えていない。気付けば自室のベッドに制服のまま寝転んでいた。
仁のことは、もう諦めよう。
良かったじゃないか、諦める理由ができたんだ。
先ほど見た、静かな教室で寄り添うふたりの姿が脳裏に浮かぶ。
そういえば、どうして拓真は泣いていたんだろう。何かあったのかな?でもきっと、仁がそばにいるから大丈夫か。拓真がひとりぼっちで泣いていなくてよかったな…。
拓真には、やっぱり笑顔が似合うから。
こんなふうに、拓真のことを心配できる自分に、ちょっとだけほっとした。
ぼんやりと部屋の天井を見つめていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。両親はまだ仕事から帰ってきていない。居留守を使おうと思ったけど、ピンポーンピンポーンと音が鳴り止む気配はない。
むくりと起き上がると同時にスマホがぶるっと震えて、見れば"伊織、家いる?”と、拓真からのメッセージが入っていた。
「良かった、家いて。先帰っちゃうから心配したよ?」
「うん…。ごめん」
玄関のドアを開けた先には拓真が立っていた。
目が赤く染まっている。こんなに泣くほど辛いことがあったかもしれないのに、俺のことを心配してくれる拓真は本当に優しくて、優しい仁ととってもお似合いだと思う。
部屋に上がった拓真はとても緊張した様子で、こんな拓真、今まで一度だって見たことなかった。
「伊織、あのね…、あの…、」
何かを言いかけては、すぐに口を噤む。何か言いたいことがあるはずなのに、言えない。そんな感じだ。
もしかして仁と付き合うことになったとか、その報告だろうか。それなら祝福してあげなきゃ。おめでとうって言ってあげなきゃ。
「拓真、どうしたの?」
きゅっと口角を上げて、そう聞いたのに。
「伊織…。なんで、そんな悲しそうな顔してるの?」
拓真の手がゆっくりと頬に伸びてくる。仁のよりも少し小さくて、だけどとても温かい拓真の手。
拓真が優しくて、苦しい。
話したいことがあるのは拓真のほうなのに。
俺の方が先に口を開いていた。
「拓真みたいに、なりたかった…。可愛くて、みんなに愛される、拓真みたいに…」
「伊織…?」
「絶対になれないって、分かってるけど…」
仁も拓真も、ふたりのことを大嫌いになれたらどんなに楽だっただろう。
だけど大嫌いになんてなれるわけがない。
ふたりのことが大好きなんだもん。それぞれに向ける想いは違っても、それでもふたりのことが大好きだから。だから、ふたりのことを受け入れたかった。
「伊織、聞いて?伊織ね、誤解してるよ」
「…誤解?」
「伊織、見てたんでしょ?俺が泣いてるとこ」
「あ…、ごめん…」
「んーん。俺のほうこそ、ごめん」
「…えっと、なにが…?」
「俺が泣いてたのは、穣くんのことだから」
「…穣くん?」
「うん、穣くん」
拓真の言うことの意味が分からなくて、じっと拓真の顔を見つめてしまう。すると拓真は「そんな見つめないでよ、照れるじゃん」と笑って、両手でむにっと俺の頬をつまんだ。
「な、なに…?」
「伊織、ほんとに気付いてなかったんだ」
そして呆れたように眉を下げて目を細める。
可愛いな…。拓真の笑顔はとっても可愛い。
やっぱり拓真には、泣き顔よりも笑顔が似合う。そう思った。
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