ベストフレンド

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拓真の手がゆっくりと離れていく。 「今日、伊織のこと待ってるときにね。最初は仁と穣くんも一緒にいたんだ」 「うん…」 「でも途中でさ、穣くんのスマホに女の子から電話かかってきて。穣くん、その子のとこ行っちゃったんだよね」 「…あ…」 廊下ですれ違った穣くんを思い出す。穣くんは野暮用だなんて言っていたけど、その子のところに行こうとしていたのかな…。 「そのときの穣くんの顔が、なんかすごい嬉しそうで。それ見たら、なんかすごい悲しくなってきて、気付いたら泣いていた」 かっこ悪いねと拓真は自嘲気味に笑う。だけど俺には笑顔を返すことも、そんなことないよって言葉をかけることもできなかった。 「仁はそれを慰めてくれてただけだよ?仁は俺の気持ち知ってたから」 「仁が…?」 「仁に気付かれるくらいだから、伊織も言わないだけでとっくに気付いてるんだと思ってたのに」 「…ごめん、俺、全然…」 「…だってさ、俺が落ち込んでるときとか、元気ないときとか。いつも1番最初に気付いて、大丈夫?って声かけてくれるのは、いつだって伊織だったから」 まさか拓真が、そんなふうに思ってくれていたなんて。 拓真の声がまっすぐに心に届く。 「でもまさか、伊織がこういうことに関しては激ニブだったとは。俺もびっくりだよ」 そう言って、拓真の顔がくしゃと歪んだ。笑っているのに、泣いているみたいで、今すぐ拓真を抱きしめたいと思った。 「だから俺、伊織に甘えてた。伊織も俺の気持ち知ってるなら、俺が仁に甘えたりしても平気だよなって。…そんなこと、あるわけないのにね」 「拓真…気付いてたの…?」 「当たり前じゃん。俺、伊織の親友だよ?」 自分の目から、ぽたりと涙がこぼれたのが分かった。泣きたいのは拓真のほうなのに。だけど泣きやまなきゃと思えば思うほど、涙があふれて止まらない。 「ごめんね?伊織。俺、自分のことばっかりで…」 「…っ、」 違う。違う。そうじゃないんだと必死に首を振る。 自分のことばっかりだったのは俺のほうだ。 自分のことばっかりで、拓真が笑顔の奥にどんな想いを隠していたのかなんて、気付くことも、知ろうとすることもなかった。 「俺、伊織のことも仁のことも大好き。でも一番好きなのは、伊織と仁が、お互いのことをすっごい優しい顔で見てるのを見るのが好きなんだよ?」 拓真の言うことの意味がわからなくて、どう言う意味?と拓真の顔を見つめると、拓真は「きっと伊織、それも気付いてないんでしょ?」と、ニヤッといたずらを仕掛けた子どものように笑った。 「もう〜…、伊織、そんなに泣かないでよ」 「な、泣いてない…っ」 「ふはっ、嘘つき」 ごしごしと目を拭い、拓真と視線を合わせる。泣いてちゃだめだ。ちゃんと言わなきゃ。 「…拓真。ありがとう」 「えっ?何が?」 俺の言葉に拓真は目を丸くした。 仁への想いを繋ぎ止めてくれてありがとう。 俺の気持ちを守ってくれてありがとう。 今ここに拓真がいてくれなかったら、きっと俺は、仁への恋心をぐちゃぐちゃに潰してしまっていたと思う。 「伊織、俺、伊織のこと大好きだよ」 * * 「なんか最近、ふたり仲良すぎない?」 「そう?前からじゃん」 「そうだけどさぁ…」 「何?やきもち?」 「はぁ?」 「いいじゃん別に。ふたりくっついてると可愛くて」 「…まぁ、可愛いのは間違いないな」 「なんなんだよ」 仁と穣くんが、こちらをチラチラと伺いながら何やら話している。 あの日以来、俺と拓真はお互いにお互いの好きな人のことを話しては励まし合って、慰め合って、ときめき合っている。 まるで女の子が友達同士で恋バナをしてるみたいでちょっと恥ずかしいけど、自分のことを分かってくれる人がいる、これはとても心強いことだ。 「…拓真」 「ん?」 「俺、仁に、自分の気持ち、伝えようと思う」 そしてこんなふうに思えたのも、全部全部拓真がいたから。 拓真がいたから、自分自身と、そして仁と向き合おうと思えた。 「頑張れ、伊織。俺、応援してるから。俺は絶対、伊織の味方だから」 拓真は温かい両手で俺の手をぎゅっと包んで、そう言ってくれた。 拓真の目はじわりと濡れてキラキラキラキラと輝いていて、それを見て、俺はなんだか泣きたくなった。
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