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「なんか久しぶりじゃない?伊織とふたりで帰るの」
「あ、うん。そうだね」
「いつもあいつらいるからなぁ〜」
一歩前を歩く仁の背中を、まっすぐに見つめる。
広くて大きくて、やっぱり好きだなぁと思う。
学校からの帰り道。仁とふたりきりの帰り道。
どうして今日はふたりなのかと言えば、それは拓真と穣くんが気を遣ってくれたから。
俺は今日、仁に自分の気持ちを伝えると決めたんだ。
「伊織?」と仁が振り向く。
「どうした?なんかおとなしくない?」
「…だって、緊張してるから」
「えぇ?なんでよ」
「だって…、」
『だって、仁のことが好きだから』
両目をぎゅっとつぶって、仁に伝えようとした言葉は、髪を撫でる仁の大きな手のせいで、こくんと喉の奥に戻っていった。
「伊織。好きだよ」
「仁…?」
「伊織のことが好き」
「…あの、ありがとう…?」
「伊織、意味分かってる?」
「意味?」
「分かってないでしょ?」と仁が笑う。優しくて、温かい、大好きな笑顔。
俺はこの笑顔を知ってる。小さいの頃から今までずっと、何度も何度もこの笑顔を見てきた。
仁はちゃんと、俺にだってこの笑顔を向けてくれていたんだ。
「俺、穣のことも拓真のことももちろん大好きだけど。でも伊織への好きとは違う。小さい頃から、今でもずっと。俺にとっては伊織だけが特別だったよ?」
「…え…?」
「ほら、分かってない。拓真が伊織は俺たちの想像を遥かに超えて激ニブだよって言ってたけど、その通りだった」
仁はくすくすと楽しそうだけど、俺の頭の中はぐちゃぐちゃで何が何だか分からない。
仁は何を言っているの…?
まさか、まさか…?そんなことってあるの…?
じわじわと仁の顔が滲んでいく。滲んで、歪んで、見えなくなっていく。
「伊織のことが好きです。俺の、恋人になって?」
まさか、まさか…。
まるで夢を見ているみたい。
ずっとずっと大好きだった仁に、「好き」だと言ってもらえるなんて。
「ね、返事は?」
仁の顔が近付いてくる。おでこがくっつくくらいの距離で「伊織、好きだよ」ともう一度言われてしまえば、胸がいっぱいで、目頭が熱くなって、言葉なんて出てこなかった。
「泣くなよ」
「泣いてない…っ」
「ふふ。嘘つき」
「…っ、仁…、」
ふわりと背中に仁の腕が回る。
ここは帰り道で、そこそこ人もいて。だけど仁はそんなことお構いなしの様子で腕にぎゅうっと力を込めた。
「じ、仁…、人いる…」
「いいじゃん、別に。俺は見せ付けてるつもりだもん」
「な、何言って…」
「伊織、好きだよ」
耳元で、仁の声が響く。
恥ずかしくて死にそうなのに、このまま抱きしめていてほしくて。縋るように、仁の制服をぎゅっと掴んだ。
「…好き、仁のことが、大好き」
*
*
「それで!?」
「それでって、それだけだけど…」
「え!だって、好きって言われて好きって言って、ぎゅーってハグもされたんでしょ!?」
「え、あ、うん…」
そんなふうにはっきりと言葉にされるととても恥ずかしい。
水曜日の昼休み。今日は俺と拓真のほうが先に中庭に来ていた。
「ちゅーは?しなかったの?」
「そ、そんなの、するわけないじゃん!」
「えー、つまんなーい」
仁とのことを話すと、なぜか拓真は物足りないとでも言うような不満顔を見せた。
ちゅ、ちゅーなんて、そんなのできるはずがない。抱きしめられただけで心臓がはち切れそうだったのに。
「でもさ、伊織」
「…ん?」
「本当に良かったね。おめでとう」
さっきまでからかっていたくせに。急に真面目な顔をしてそんなことを言われたら、俺も素直にならざるを得なくなってしまう。
「うん…。ありがとう、拓真。本当に、拓真がいてくれて良かった」
「伊織―!可愛いなぁ!」
「わ…っ」
拓真からのハグはもう慣れっこだ。仁からのハグはいつまでも慣れる気がしないな…なんて、拓真を受け入れて背中をさすっていると、突然拓真の体がべりっと剥がされた。
「仁…」
拓真のうしろには、怖い顔をした仁が立っている。
「拓真。俺の恋人に抱きつかないでくれる?伊織も!普通に受け入れちゃだめ!」
「えぇ…」
「いいじゃん別にー!束縛激しい男は嫌われるよ?」
「うるさいな」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ仁と拓真はまるで本当の兄弟みたい。楽しそうだな…と思うけど、不思議と嫉妬心は湧いてこなかった。きっと少し前までの俺だったら、こんなふたりを笑って見ていることなんてできなかったのに。
「ねぇ!それより穣くんは?」
そういえば、やってきたのは仁ひとりで穣くんの姿がない。すると当たり前のように俺の隣に腰を下ろしながら、仁が拓真に答えた。
「今日弁当ないから購買でパン買ってくるって」
「そうなんだ!じゃあ俺迎え行ってくる!」
そう言って拓真は小走りで穣くんにもとに向かった。まるでるんるんと音が聞こえてきそう。
拓真と穣くんの関係は、今のところ変わった様子はない。
だけど拓真が不安になって泣いてしまうきっかけになったあの女の子は、確かに穣くんのことが好きであの日告白したらしいけど、穣くんはそれを「ごめん、気になってる奴がいるんだ」と断ったそうだ。
穣くんの“気になってる奴”がどうか拓真であってほしい。
「大丈夫だよ」
「…え…?」
「ふたりもきっと、大丈夫」
そう言って仁がニコッと笑う。
仁が大丈夫と言うなら絶対に大丈夫だと思えてしまうから不思議だ。
拓真の気持ちは、きっと穣くんに届く。
「だからさ、」と、少し空いていた距離を仁がぐっと詰めてきた。肩が、腕が、足が、もうぴたりとくっついてしまって、触れたところ全てが熱い。
「拓真のことばっかりじゃなくて、俺のことも見てよ」
視線が絡んで、体が石のように固まって動かない。仁がこんなことを言うなんて。
だけど仁は何も知らないんだ。
今までも、これからもずっと、俺は仁のことしか見ていないのに。
ベストフレンド
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