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ベストフレンド
拓真が羨ましい。
そう思い続けてもうどれほどの時間が流れただろう。
拓真がいなかったら…なんて、そんなこと思いたくない。
拓真は俺にとって大事な大事な友達だから。
明るくて、無邪気で、甘え上手で。あのキラキラ輝く笑顔を向けられたら、誰だって拓真のことを好きになってしまうと思う。
そしてそれはきっと、仁だって例外じゃない。
頼りがいがあって、紳士的で、お兄ちゃん気質の仁にとって、拓真は可愛くて可愛くて仕方がないんだと思う。
仁と拓真なら文句のつけようがない。だってとってもお似合いだもん。
頭では分かっているのに、心の中はぐちゃぐちゃで、ドロドロで。
“拓真がいなかったら、あの場所には俺がいたのに”
そう思ってしまう自分が、大嫌いだった。
*
*
仁と穣くんは同じマンションに住んでいるひとつ年上のお兄ちゃん。物心ついたときにはふたりがそばにいるのが当たり前で、まるで本当の兄弟みたいだった。
優しい仁と、やんちゃな穣くん。
ふたりとも活発で外で遊ぶのが大好きな男の子。そんなふたりにトロくてのろまな俺はすぐについていけなくなって、泣いて困らせたことも一度や二度じゃない。そのたびに仁は「ごめんね?」って涙をぬぐってくれて、穣くんは「泣くなよ」って困ったようにぐしゃぐしゃと髪を撫でてくれた。
そんなことがよくあったからかな?
特に仁は今思えば過保護なくらいに俺のことを気にかけてくれて、外に出るときはいつだって手を繋いでくれた。そんな仁に向ける想いが、お兄ちゃんに対するそれとは違ったものになっていくのはとても自然なことで、男同士なのにという戸惑いよりも、「あぁ、やっぱりそうか」って、すとんと腑に落ちたんだ。
仁と穣くんと一緒に3人で過ごすことが当たり前じゃなくなったのは、俺が中学入学を間近に控えた頃だった。
同じマンションの隣の部屋に拓真が引っ越してきた。
ご両親と一緒に挨拶にきてくれた拓真は、「同い年!?嬉しい!よろしくね!」と、初対面とは思えないほどに懐っこい笑顔で、俺の両手を握ってぶんぶんと振った。
拓真が仁と穣くんのふたりと仲良くなるのもあっという間のことだった。
そして3人だった俺たちは、4人でいることが当たり前になった。
「伊織ってば!」
「…え…、」
「どうしたの?ぼーっとして」
「あ、ごめん」
「中庭行こ!仁と穣くん待ってるよ!」
ハッと気付くと、目の前には拓真の顔。
辛いなら離れればいいのに、俺はやっぱり仁から離れることができなくて、高校生になった俺たちは、今でも4人で一緒にいる。
そして今日は水曜日。
水曜日はいつも4人でお昼を食べるのがお決まりになっていた。これも拓真が「仁たちとお昼食べたいー!」と言い出したのがきっかけで、そのときも仁は「しょうがねぇなぁ」と言いながらも、嬉しそうに拓真の頭をぽんっと叩いた。
「お待たせー!」
「おせぇよー。腹へったー」
中庭に行くとそこにはもう仁と穣くんがいて、穣くんは待ち切れないという様子でお弁当を広げていた。
綺麗に整備された中庭にはふたりがけのベンチがいくつも設置されている。
向かい合うように置かれたベンチに仁と穣くんはひとりずつ座っていて、拓真は穣くんの隣にどさっと腰を下ろした。すると仁が「伊織も早く」ってベンチをぽんぽんと叩くから、いいのかな…?と思いながらも嬉しくて、ちょっとだけ間を開けて仁の隣に座った。
「俺のせいじゃないよ!伊織がぼーっとしてたから」
「伊織が?」
「あ、うん。ごめん」
「どうした?具合悪い?」
「だ、大丈夫…」
「そう?無理すんなよ」
顔を覗き込んで優しく笑う仁にドキドキと胸が鳴る。
もっと好きになっちゃうから、優しくしないでほしいのに。それでもやっぱり優しくされると嬉しいなんて。
自分勝手な奴だな…。
と、そんなことを考えている間にも、3人の会話は楽しそうにテンポ良く進んでいく。穣くんが拓真をからかって、拓真がそれに噛み付いて、それを見て仁が笑う。
「伊織―!仁と穣くんがいじめるんだけど!」
すると突然拓真が俺の隣に来てぎゅっと抱きついてきた。拗ねたように言いながらも拓真はどこか嬉しそう。
拓真は仁と穣くんだけじゃなくて、同い年の俺にもこんなふうに自然に甘えてくる。
甘えられるのは、悪い気はしない。
可愛いなって思うし、自分もこんなふうにできたらなって思う。
隣で仁が「拓真、伊織にくっつくな」って口を尖らせているけど、その顔はすぐに優しいものに変わる。
こんなふうに仁に優しい顔を向けられる拓真が、やっぱりどうしようもなく羨ましい。
一体いつになったら、俺はこの気持ちを捨てることができるんだろう。
もしかしたら一生捨てられないのかもしれない。高校生のくせにもう人生を諦めるなんて馬鹿げているかもしれないけど、仁以上に好きになれる人がこの先現れるなんて、今の俺にはとうてい考えられないから。
「伊織?大丈夫?やっぱり具合悪い?」
「…え…?」
いけない。またぼーっとしていた。3人が心配そうにこちらを見つめている。
「あ、ごめん。大丈夫」
「ほんとに?保健室行く?一緒に行くよ?」
「ほんとに大丈夫。昨日ゲームしすぎて、寝不足なだけだから」
「そう?あんまりゲームしすぎんなよ」
大きな仁の手が、髪を撫でる。
だから優しくしないで。そう言いたいのに、言えない。
ふふ、と笑う声がして視線をそちらに向けると、拓真がニコニコと楽しそうな笑顔を浮かべながら言った。
「ほんとに仁は伊織に優しいよね」
それに仁が笑いながら返す。
「お前にも優しくしてんだろ」
その言葉にちくりと胸が痛んだ。
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