涙泥棒

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◇  喪主を務めたのは、瑠偉だった。  彼は一切涙を見せず、気丈に振る舞った。  葬儀での焼香も、弔問客に接するときも。  瑠儀くんは相変わらず落ち着かなくて、飛び跳ねたり走り回ったりしている。  それを優しく見守りながら、瑠偉は頭を下げ続けた。  瑠偉のお母さんが過労で倒れたのは三日ほど前のこと。そこから救急車で病院へ運ばれて、意識が戻ることはなくそのまま息を引き取った。  瑠偉が二十歳を迎えたばかりのこと。  高校を卒業して、地元の建築会社へ就職した瑠偉。瑠儀くんも特別支援学校を出て、工場での仕事も決まっていた。  ようやく、これで母さんを楽にさせてあげられる、そう思っていた矢先のことだった。  人の命なんて、あっけない。ひと月前に会ったときはあんなに元気だったのに。  どうして神さまはこんなにも酷い仕打ちをするのか。おばさんは誰よりも家族のことを考えて、必死に頑張っていたはずなのに。  遺影の前で手を合わせたとき、私は涙が止まらなくなった。今までのことが色々と蘇り、私の胸を締めつける。  苦しくて苦しくて、もう二度と会えないと思うと、本当に苦しくて。  優しく私の背中を撫でてくれたのは、母だった。嗚咽を漏らしながら、止まらない涙を拭いながら、私は席へと戻る。  瑠偉はただひたすらに、遠くを見つめていた。表情を一切変えず、前だけを見ていた。  最後の挨拶も涙を流さず、淡々と母親との思い出を語る。言葉を詰まらせることもなく、滔々と。  そのあと、親戚だけが火葬場へと移動をする。本当ならば私は行けなかったのだが、瑠偉に頼まれて一緒にバスに乗り込んだ。  火葬場では係員の説明を聞き、棺が火葬炉に運ばれていくところを見た。もうこれで本当にお別れなんだ。そう思うとまた涙が出そうになる。  瑠偉は泣いていなかった。落ち着きのない弟の手を強く握り、唇を噛みしめるようにただ耐えていた。  最後のお別れと共に、スイッチが押される。
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