涙泥棒

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 私にはあなたの涙を盗むことはできない。だけど、あなたのそばにいてあげられることはできる。  瑠偉の家で五目焼きそばを食べたあのとき、洗い物をしながらおばさんは言った。 『雫ちゃんはあの子の近くに居てくれるだけでいいから』  何もしてあげられないけど、あなたに寄り添うことはできるから。  泣きたいときは泣けばいい。  頼りたいときは頼ってくれればいい。  ずっと我慢してたんだよね。辛かったよね。苦しかったよね。本当によく頑張ったよ。父親として、兄として、立派に家族を支えたと思う。瑠偉は凄いよ。  そう思いながら優しく頭を撫でてあげると、彼はまた強く私を抱きしめた。 「ははっ、悪りぃ、鼻水ついたかも」  瞼を腫らした彼は、顔を上げて謝った。  鞄からポケットティッシュを取り出して渡してあげる。  ふーん、と鼻をかむのだが、「だめだ、両方詰まってるわ」と言って彼は笑った。  そのあと瑠偉は大きく息を吐いた。 「あー、めっちゃ泣いた。こんなに泣いたのいつぶりだよ。ははは、なんか変な感じ。でも、スッキリしたかも。鼻詰まってるけどさ、気分はいいっていうか」  彼は笑みを浮かべながらそう声を出す。  瑠偉の笑った顔を見たのも久しぶりだ。 「……ありがとうな、雫のおかげだわ。俺、今日泣かなかったら、泣くタイミング失ってたかもしれねーわ。一生泣かなかったかも。泣くのなんてさ、ダセーし、恥ずいし、バカみたいだってずっと思ってて。俺がしっかりしなきゃいけないっていつも思ってたから」 「うん。知ってる」 「バカだよな、こんなに楽になるんならさ、もっと早く泣いとけばよかった」  瑠偉はもう一度袖で涙を拭った。  空は相変わらず曇り空で、今にも雨が落ちきそうなほどどんよりとしている。  でも、なぜだか快晴の空みたいに瑠偉は笑っている。 「こういうときさ、ドラマとか映画だったら雲が消えて、夕陽なんかが顔を出すんだけどね。おばさんも空から見てるね、とか言ってさ。なんつって」 「なんだよそれ、お袋みてえな」 「へへ、パクっちゃった」 「しょうもな」  彼は涙泥棒だ。私は今もそう思っている。  人の涙を盗んで、人から悲しみを奪って。  自分のことはどうでもいい、別の人の涙が消えるのならそれでいいんだ。  だけど、そんなことを続けていたらいつか壊れちゃうよ。  私には何もしてあげられないけど、隣にいることしかできないけど、あなたを一番近くで見ているから。  たまには笑顔も見せてよ。 「ねえ、涙泥棒」 「いつまで言ってんだよバカ。さみーから行くぞ」  そう言って彼は私の手を強く掴んだ。
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