怪盗ラパン

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「それにはまず、今あなたが一番大切にしているものが何かってことが重要よ」 「一番大切なもの?」  彼が真っ先に思い浮かべたのは浮気相手の顔だった。妻でもなく子供でもなく、愛人が一番大切だった。だがそれを馬鹿正直に言えるはずがない。そもそも彼女は人間だ。怪盗ラパンが狙う対象になるとは思えなかった。だったら一番大切なのは彼女に与えたマンションだろうか?今はあそこが一番心の安らぐ場所なのだ。だが、マンションを盗む?そんなことできるのか?それならやはり、結局はお金ということになりはしないか。金がなければ愛人を囲うこともできないのだから。 「やっぱ、お金かな……」  ひねり出すようにようやく答えた夫の顔を眺めていた妻は、直感でそれが嘘だと考えた。一番大切なものを答えるのにそれほど熟考するということは、複数の候補があるからじゃないのか?確かにお金も大切だけど、それと肩を並べるほどのものが他にもあるのだ。きっとそれは私には言えないもの。なにか隠し事があるのかもしれない。ならば少し探りを入れる必要がある。 「ほんとに?」  妻が問いかけると夫は表情をこわばらせ、 「なんだよ。疑うのか」 「違うわよ。ほら、前にもあったのよ。予告状を受け取った人が、警察にはお金だって言って金庫を見張らせたくせに、実は奥さんには内緒で限定モノの高級腕時計をコレクションしていて、それが盗まれたって」  確かにそんなことがあったなと思いながら、夫は今の話を自分のことに当てはめてみた。すると浮気相手が高級時計と言うことになる。高級時計を買うにはお金がいる。だからお金が一番大切ということになるはずが、実際は時計を盗まれた。つまりお金が一番大切だという結論に達した自分の理屈は成り立たず、怪盗ラパンはちゃんと一番大切なものを盗むのだ。  だったら人間を盗むとはどういうことなのか。誘拐?それなら結局金目当てになる。だとしたら……まさか殺すのか?いや、これまでラパンは人の命を奪ったことはないはずだ。でも、今までがそうだからといって、この先もそれに当てはまる保証はどこにもないではないか……。 「ああ、どうしよう……」  唐突に頭を抱えた夫に妻は思わず身を引いた。彼は小刻みに体を揺らしながら、震える声で「どうすればいいんだ」と何度もつぶやいている。  恐る恐る妻は夫の前にひざを着いた。
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