ひとつめ。

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ひとつめ。

ロバの耳の王が、国民全員のまえで、それまでひた隠しにしてきた自らの耳を晒し、それを民全員が受け入れたという密偵の報に、 「な……んだと?!」 と、御簾の向こう側で驚愕していたのは、隣国の王であった。 かの国の土地は豊潤だ。それに比べて貧しい土地しか持ち合わせていない国の主である王は、ロバの耳の王の国を我が物にしようと、虎視眈々と狙っていたのである。 兵力においても、ロバの耳の王のところとでは、圧倒的な戦力差があり、真正面から切り込むことは難しい。 ある日、そんな王のところに舞い込んだ機密情報が、「どうやら、常日頃から帽子の着用をといたことのない王の耳は、ロバの耳である」とのことだった。 なんと奇妙であることか! 良政で名高く、民の信頼もあつい者だが、そんな王の耳がロバなのだ。 (これが知れたら、流石に奴に集まる人心も離れるというものよ……) 千載一遇のチャンスを見た気がした隣国の王は、御簾の向こう側で、興奮気味に舌なめずりをした。 そして、しばらくして舞い込んだ情報によると、ロバの耳である王は、近日、散髪のために、とある美容師に王宮にくるよう、指示をだしたのこと。 隣国の王が、先ず、密偵たちにだした指示が、この美容師のことを徹底的にリサーチすることだった。性格、かかりつけ医等、洗いざらいでみえてきたのは、この美容師、ずいぶんとなんでも抱える性格で、月に決まって精神科に通院しているとの情報だった。 (クックック……) 密偵でもずいぶん苦労して手に入れた、王のロバの耳の情報である。散髪をするときに、本人が帽子を脱ぐのは間違いない。そして、この、国家機密レベルの情報を前にして、一介の市民の、ましてや専門の病院に通うほどの気の弱い美容師がそれを知って耐えきれるわけがない。御簾の向こうの隣国の王の眼は野心にランランと輝かせ、一計を案じた。
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