恋泥棒と苦いキャンディ

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「作り方? そんなことしなくても、明日また作ってくるけど?」  女子は、ぶんぶん首を振った。 「じ、自分で作って、あげたい」 「はぁ……」  稀に、こういう子もいる。手作りプレゼントにこだわる子だ。  それで気持ちが籠もる方が相手も嬉しいに違いないというのが持論らしいが、僕に言わせれば自己満足だ。素人の下手くそな『気持ち』より、達人の上手な『誠意』の方がいいに決まってる。気持ちなんてものは、選ぶときに十分付随するだろう。  それでも、僕は断る気にはならなかった。何故なら、目の前の女子から感じていたから。溢れんばかりの『恋』の魔力を。   「いいよ。教えたげるよ」  そう言って、僕は彼女に向けて手を差し出した。 「授業料に、キャンディ一つ貰うけどね」 「は、はい! ありがとうございます!」 ****** 「更科(さらしな) 愛奈(まな)です。隣のクラスです」  手作り女子はそう名乗った。おっとりした印象で、あまり積極的ではなさそう。隣のクラスにいたと言ったが、全然気付いていなかった。  お客さん(・・・・)なら、全員覚えているんだが。  そんな罪悪感を押し隠しつつ、早速材料を調達して、我が家へ向かった。僕のケーキは特別製。家庭科室ではちょっと作れないのだ。 「えーと、じゃあ今日のところは一緒に作っていこうか」  更科さんは、こっくり頷いた。  もちろん後で自分用のケーキは別に作る。だけど彼女の腕前を知らなきゃ、指導も何も無い。そう思ったんだけど…… 「あの、更科さん……ちゃんとg(グラム)単位で合わせようか。あと湯煎でって書いてあるでしょ。ゴムべらでさっくりっていうのは? 叩き潰すように混ぜない。そのバター溶かしてないじゃん。小麦粉ちゃんとふるった?」 「え、えっと……」 「ちょっと一旦ストップ」  そーっとボウルとヘラを置かせて、離れた。 「更科さん……お約束過ぎるっしょ。なんでレシピに書いてあること一つも守らないの」 「む、難しくて……」  おかしいな。『猿でもわかる簡単レシピ』という本なんだが。あまり上手じゃない人に多いのは、基本をおざなりにして個性を出そうとすることだ。彼女もその一人だろうか。 「あのね、レシピの言うこと聞いてりゃだいたいは美味しくできるようになってるんだよ。アレンジはその後」 「でも、それだと他の人と同じに……」 「生意気言うな。人並みのものも作れないのに、人並みを抜けようとするんじゃないよ」 「う……」  しまった、言い過ぎた。俯き震える更科さんを見て、僕の良心が痛んだ。  だけど同時に、腹立たしくもある。  料理や材料を疎かにするくせに玄人ぶりたいなんて、図々しい。そう思ってしまった。
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