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「あのね。改めて聞くけど、何で自分で作りたいの?」
「……あげたい人が、いるから」
「それが誰かは聞かないけど、何であげたいの?」
「……もうすぐ調理実習。ケーキ作るから」
しばし考え込んで、合点がいった。そういえば女子は家庭科で調理実習があって、作ったものはお情けで男子が貰うことも多い。
「相手の奴は甘いもの好きなんだ?」
更科さんがこっくりと頷く。
「私のを食べて貰って、美味しいって言って欲しい」
「そ、そうかぁ……」
その気持ちは非常にいじらしく、応援したいと思う。だが如何せん、あの手際だと何というか……茨の道としか言えないし、そんなことは本人に言えないし……困っていた。
けれど、これだけは言える。
「美味しいって言ってほしいなら、なおさら基本は守らないと。字が読めないのに難しい参考書読めるか?」
「……読めない」
「そして基本の『キ』はまず分量を守ること。はい、やり直し」
そう言うと、更科さんは苦い顔をしていた。だが、とても真剣に取り組んでいた。
不器用なだけで、その気持ちは真摯で純粋なものだった。
その証拠に、今日の授業料として貰ったキャンディは、とてもとても甘美だった。
そして、驚くほどストレートに、彼女の内心を語っていた。
「そうか……あいつ、か」
******
「なぁ、今日のケーキって何?」
そう言ってきたのは、同じクラスの「三角 弘也」。特に仲がいいわけでもないが、誰とでも距離の近い男だ。
「今日はチーズケーキとガトーショコラ。でも……要るのか?」
「へ? 美味いケーキなら食いたいじゃん」
僕のことは、どうも街のケーキ屋出張所くらいに思っているらしい。
まぁ僕も、おおっぴらに本当の魔法のケーキですなんて言えるわけないので、「美味しいケーキ配ってます」の体でいるが。
「ああ、例の噂? 俺は信じてないけど……まぁでも要るか要らないかで言えば、要らないかな」
「じゃあ来てもやらねー。他に需要のある人が山ほどいるから」
「ケチだな~」
そう言うと、カラカラ笑って去って行った。別に気を悪くした風はない。そう言う奴だ。
そう、ああいう良い奴なのだ。更科さんが好きになって、ケーキを渡したい相手というのは。
気が良くて、明るくて、親切で、カノジョを大切にしている……そんな男だ。
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