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「マラソンの授業中に貧血でしゃがんでて……他の皆は追い抜いていくだけなんだけど、三角くんは負ぶって保健室まで連れてってくれて……それで」
それは男前すぎる。反則だ。天然でやってるあたり、たちが悪い。
「よく甘いもの食べてるから好きなのかなって思って」
「それは当たってる。あいつ、僕の店の常連だし」
言ってから、はたと気付いた。常連だなんて言ったら、あいつが誰か目当てがいるってバレるんじゃないか?
「えっと……食い意地張ってて、よく余りもんないかとか言ってきてさ。あるわけないっての。これでも人気店なんだから、なぁ?」
嘘じゃない。あいつが僕の店に来るのは味だけが目当てだ。僕が店を始める前から、カノジョがいたというだけだ。
そんな心配をよそに、更科さんはクスクス笑った。
「じゃあ、このケーキの味を完璧に再現出来れば、喜んで貰えるかな」
そう、遠慮がちに呟いた顔は、声と違って眩かった。
今まで何度も見てきた、恋をしている人間の顔だ。
このキラキラしたものを壊してはいけない。この顔から溢れる「恋」の味は極上なんだから。
「僕の指導は、厳しいけどね」
だから、本当のことは言わないでおこう。
******
更科さんの恋を見守ろう。できれば傷つかないように立ち回ってあげようとすら思っていた、そんな時だった。
全校生徒が目にする掲示板に、大きく張り出されていた三角の名前を見たのは。
大学の推薦入試に合格した者の一覧だった。三角の名は、有名大学の合格者のところに大きく記載されていた。
今頃教室は賑わっているだろう。僕だってその輪に加わりたい。ただ、その大学がかなり遠方にあるのでなかったら。
「すごいね、三角くん」
いつの間にか、更科さんが横にいた。しっかりと、三角の名を刻みつけている。
驚いた様子はない。知っていたと言うことだろうか。
「あ、もしかして……卒業したら遠くに行くから、告白しようって……?」
更科さんが、こくりと頷く。
ずっと不思議だった。人と話すことすら苦手そうなカノジョが、どうして告白しようなんて決心したんだろうって。
「……そういうことか」
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