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「はい」
「へ?」
驚いたのは、放課後のこと。更科さんが、ケーキの箱を持って僕のもとにやって来たのだ。
箱の中には、三角のカノジョさんと同じく、可愛らしいケーキがちょこんと二つ。
「これ、三角に渡さないの?」
更科さんは、ふるふると首を横に振った。
「これは、槇くんに食べて欲しい……です」
おずおずと差し出されたそれを、僕はおそるおそる受け取った。柔らかなスポンジが崩れないように、そっと静かに取り出す。
いつもお客さんに出している フォークを使って、そろりと先端を切り出した。
「おわ、ふんわりしてる」
そのままぱくりと一口。
「甘い……イチゴの酸味と合わさって、口の中で溶け合ってく……すごい美味しい」
僕のその言葉に、更科さんは満足そうに笑っていた。こんなに満面の笑みを浮かべるのは、初めて見る。
「本を読んだり、練習した……あとは槇くんのケーキをこっそり食べたりして。最高傑作、作ろうと思って」
「すごく美味いよ。でも、なんで僕に?」
三角だって喜んでいた味だ。これを作った張本人と言えば、きっと諸手を挙げて喜んだだろうに。
彼女の言うように、『覚えてくれた』だろうに。
「まずは、槇くんに認めて貰わないと……だって師匠だから」
「え」
「それに調理実習は四人一班の共同制作だし。無事に認めて貰えたから、改めて私一人で作って、挑戦する」
「……そっか」
この甘さは、きっと砂糖だけじゃない。彼女の心が、詰まっているのだ。
だからこそ、こんなにも混ざりけなく、純粋な甘いケーキが出来たのだ。
まるで宝石のようだ。キラキラ輝いているように見える。そのきらめきを見ていると、胸の内が温かくなり、同時にどこかずきんと痛んだ。
(……ずきん?)
そんな僕に、更科さんはずいと手を差し出した。何かと思って首を傾げる僕に、彼女ははにかんで告げた。
「ケーキのお代は、キャンディ一つ……でしょ?」
「え……それ僕にも適用されるの?」
「もちろん。弟子だもん」
苦笑いしながら、弟子のためにポケットをまさぐった。幸い、三角が寄越した余り物のキャンディが一つ入っていた。
ケーキの代金のものではないし、今はコレしかないし、仕方ない。
「ずっとポケットに入ってたもんだけど」
まるで気にしていない風に、更科さんは受け取ってすぐにぱくりと口に放り込んだ。顔を綻ばせて、すぐにちょっと眉をしかめるという不思議な表情を見せた。
「不思議な味だね」
「どんな?」
「甘いけど……時々ちょっと苦い味」
その瞬間、気付いた。
僕は「恋泥棒」。他人の恋をほんの少し頂く。じゃあ自分の恋は、どうすればいいんだろう?
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