逃避行

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逃避行

 駅のホームで新幹線を待ちながら、先ほどからバクバクと鳴っている胸を、手で押さえる。  今はスリープ状態でズボンのポケットに突っ込んでいるスマホは、本日有給取得の旨を記載したメールを、あとボタン1つの操作で送れるようになっている。  昨日の今日だ。露骨すぎる。人間いつでも病気にはなるが、それでも仮病であることを疑われるのは間違いない。  ホーム上、多くの人が行き来している。旅行、ビジネス、様々な動くべき理由を彼ら、彼女らは抱いているのだろうと思うと、どうしようもなくむず痒くなる。  朝起きた時からずっと迷い続け、それでも遂にここまで来てしまった。今ならまだ間に合う。新幹線の切符が払い戻しに対応しているのかどうかは知らないし、つまり指定席の切符代が無駄になる可能性があるのだが、とにかく私服OKの我が社なら、スーツでなくとも出勤可能だ。  ホームを下り、改札を出て、首都を東西に縦断するかのように作られた路線に乗れば、ちょっといつもよりかは遅れた、しかし、遅刻ではないぐらいの時刻に、軽くなった財布と共に、会社へ着くことが可能だ。  入社3年目にして初めて、純粋に「仕事が嫌だから」休もうとしているので、がちがちに緊張してしまう。  ホームに新幹線が滑り込んでくる。当然すぐには乗りこめない。中の清掃が終わるまで待たねばならない。迷う時間がまたできる。  でも、制服を着た作業員たちが清掃を終えて出てきたところで、結局私は新幹線に乗り込んだ。  窓際の席に素早く座り、予め買っていたペットボトルを窓近くのでっぱりに置く。このまま5分もすると、新幹線は走り出し、本日の休みは確定する。だけど、もう流石に心は決まっているので、私はポケットからスマホを取り出し、勤怠メールを送る。  休暇申請を受理しない、とごねる可能性は流石にないと思うので、そのままスマホの電源も落とす。休暇中まで仕事に煩わされるのは、ごめんだ。  お茶をちびちびと飲んでいると、新幹線は発進し始める。日本語の後、英語のアナウンスもされるのを適当に聞き流しながら、私は目を閉じる。持ってきていた本を読もうかとも思ったが、何だかそんな気にもなれない。寝過ごす心配はあるが、年を取ったせいか、昔ほど睡眠は深くないし、何より、起きていると仕事のことを思い出してしまう。  車両が加速するのをその身に感じながら、私の意識は徐々に睡魔に蝕まれていく。今から向かっている場所が場所なので、何だか懐かしい夢を見る気がした。
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