fight.6

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「おい。し……美里?」  苗字で呼んだって良いのに。  少しだけ動揺した部長が、あたしをのぞき込む。 「……そう、ですよね。……主婦なんですよ……結局。彼女じゃなくて――……」  ――”母親みてぇ”。  それは――もう、恋愛感情は持てない、という事。  すると、持っていたピーラーは部長に奪い取られ、まな板の上に置かれた。 「部長?」 「――……気にするな、と、言いたいところだが――まあ、まだ、無理なんだろう」  そう言いながら、部長はあたしの肩を抱く。  不意打ちで崩したバランスだが、支えられているので、倒れる事も無い。  服越しでも、密着した身体は、一瞬で熱を持つ。 「――部長……?」 「――朝日だ、と、言っただろうが」  寿和と対峙していた時に、耳元で言われた言葉を思い出す。 「家でまで役職呼びは勘弁しろ」 「……す、すみません」 「だから、タメ口で良い」  自分は仕事の時のような口調のクセに。  大体、いくつなんだ、この人。  あたしは、恐る恐る今さらな疑問を口にしようとした。 「あ、あの……」 「――美里」  ほんの少し、ムッとした口調で言われ、慌てて言い直す。  でも、会って十日(とおか)かそこらの人間に、タメ口も気が引けるんだけど……。 「……えっと……あ、朝日、さん、って……いくつ?」 「は?」  キョトンと返され、あたしは、思わず目をつむり、肩をすくめる。  この数日で、反射的に怒られるような刷り込みになってしまったか。 「――バカ。怒ってる訳じゃない」  あたしは、目を開けて部長を見上げる。  部長は、至近距離であきれたように微笑んでいた。  瞬間、心臓が役目以上に働いてくれ、血流が良すぎるほどに回ってくれる。 「え、えっと……」 「――三十五」 「え?」 「今年で、三十五だ」 「――え」  明らかにあたしよりも年下に見えるこの男が――あたしよりも、七つも上⁉ 「まあ、童顔なせいで、二回に一回は、年齢確認されるがな」 「ど、童顔にもほどがあるでしょ!」 「オレのせいじゃないからな」  叫んだあたしに、部長は、砕けたように笑って返した。
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