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人には―。戦わなければならない時と言うものが存在する。それは、人によって多少の違いはあれど、負けられない戦であることに違いはない。
姫野やす子は、決戦の舞台となる建物を見上げ、ふと泣きたくなるような感傷に駆られた。
「なぜ、人は争うのだろう―。」
脳内を行き交うは、過去幾千もの戦いの数々―。
「なぜ、争いは―。」
姫野とて争いを好んでいるわけではない。むしろ平和的に、皆が平等に分け合える世界を望んでいる。しかし、現実は時に非道なのだ。この世は所詮、食うか食われるかの弱肉強食世界。己が取り分を奪われたくなければ、戦わなければならない。
またしても姫野の口からはため息が漏れた。ああ―、今日もまた犠牲者が出るのか―。
と、その時。鋭い視線が彼女を射抜いた。
「あらー、姫野さんじゃない?」
途端、姫野は思わず顔をしかめた。
「あら、上野さん。やだ、お久しぶりじゃない!元気にしてたの?」
瞬時に”笑顔”と言う名の武器を構え、姫野はゆっくりと振り返った。
彼女は上野知子。過去、名立たる戦場において傍若無人な振る舞いを繰り返した、言わばレジェンド。別名”かっさらいの知子”とは彼女のことである。
まさか、上野まで参戦してくるだなんて…!姫野は、忸怩たる思いをおくびにも出さず微笑んだ。
「それにしても上野さん。今日はえらく遠出じゃない?どうしちゃったわけ?」
あくまで微笑みながら繰り出す軽めのジャブ。と言うのも、上野の住まいは確か隣県。まさか、この日の為に電車を乗り継いできたのだろうか―。
「ふふふ…それがね?うちの旦那、たまには良い事するのよ!じゃーん、電動自転車!!これで坂道もスイスイよ~。」
真新しい自転車をバシバシ叩きながら、まるで地響きのような笑い声が轟いた。
いくら電動とは言え遠路はるばる…、やはりレジェンドは違う―。と、そこまで考えてハッと我に返った。危ない危ない、彼女のペースに飲み込まれるところだった。
「そ、そうなの~。いいわね、それじゃお互い頑張りましょうねぇ~。」
少々わざとらしさは感じられるものの、姫野は早々に会話を切り上げた。まさか、”かっさらいの知子”が参戦してくるだなんて、想定外にも程がある。これはもう一度作戦を…。
「あらやだ、姫野さんじゃないの!嬉しい、姫野さんも来てたんですね!!」
まるで横っ面を弾かれたような衝撃が走った。そ、その声は…!
「木島さん…。」
嘘だろ。姫野は呆然と声の主、木島友梨佳を見た。
「そうじゃないかなぁーとは思ってたんだけど!やっぱり姫野さんだった!!お元気だったの?ここ最近、とんとお姿を見なくなったものだから、どうされたのかしら?なんて思ってたところなの。あ、そうそう!聞いた?例の、不審者の件。あたし前から…」
木島友梨佳、別名”かく乱の友梨佳”。その名の通り、彼女が繰り出す言葉の数々によって、過去どれほどの戦士たちが戦場に散ったことか。
まさか…木島まで来ていたなんて。姫野は、急激に目の前が暗くなっていくのを感じた。
上野だけならまだいい。いや、良くはないがまだマシだ。しかし木島まで参戦することが分かった今、計画の見直しは急務。さもなくば―。
「やだわ!木島さんったら。…あ!ごめんなさい、実は待ち合わせしてて。じゃ、ごめんください。」
もはや対面を取り繕ってる暇はない。姫野はいそいそとその場を離れると、1人静かに構想を練られる場所を求めて歩き出した。―と、それも束の間。
「まぁまぁまぁ、姫野さ~ん。おたくも来てたの?やだ、それならそうと言ってよっ!」
バシン!突如、背中に激しい痛みが走った。弾かれたように振り向いた姫野は、またしてもそこで我が目を疑うこととなる。
「う、そでしょ…中山さん。」
中山恵美子、別名”しきりの恵美子”。彼女は、毎度複数人の配下を従え戦場に赴いては、数の力でもって勝利をもぎ取って来た大物である。その美しいまでに連携の取れた動きは、もはやプロの技と言って差し支えない。
「や、やだぁ~。私言ったわよ、中山さんたらすぐ忘れるんだから。」
ヒクヒクと口の端を引きつらせ、姫野は苦し紛れの嘘をついた。事前に言おうものなら、彼女率いる兵隊に加えられるのがオチだ。言うはずがない。
「あら、そうだったかしら?ごめんなさいねぇ~。じゃあ、今からでも一緒にどう?」
そう中山は鷹揚に笑ったが、姫野は申し訳なさそうに首を振った。
「是非ご一緒したいところなんだけど…、ごめんなさい。実は約束しちゃってるの。」
またもシレっと嘘を重ね、拝みポーズのままフェードアウト。内心の毒づきは笑顔の下に押し隠し、姫野は足早に立ち去った。
「なんなの、まったく…!!」
やっと1人になれた途端、姫野の口から飛び出したのは交じりっけなしの恨み言だった。
未だかつて、こんなにも強敵が肩を並べたことがあっただろうか。裏を返せば、それだけ今回の獲物は大きいと言うことなのだろうが、こうも想定外の事が続くだなんて。
「…ッチ。」
己の読みの甘さに反吐が出る、私もまだまだと言うことか。姫野は込み上げる苛立ちを鎮めるが如く深呼吸を繰り返すと、早急に計画の立て直しに取り掛かる他なかった―。
それは、とある夕暮れ時のこと。誰が名付けたのか分からない、二つ名を持った4人の戦士たちは、同じ目的のもと一堂に会した。
”かっさらいの知子”
”かく乱の友梨佳”
”しきりの恵美子”
”逃げ足のやす子”
いま―、戦いの火ぶたは切って落とされようとしていた。
『閉店セール』
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