第一幕 ラスト・チャンス

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第一幕 ラスト・チャンス

 二学期を迎えた県立緑茶(りょくちゃ)高校の演劇部は、県の高校演劇コンクールを控え、日を追うごとに慌ただしさを増してきた。  部室に集まった部員たちの発声練習も、これまで以上に力が入っていた。 「なあ泰輔(たいすけ)、いよいよだな。これまでの俺たちの努力が報われるのは。無事選ばれるといいんだがな」 「ああ、ここまで役を得たい一心で毎日遅くまで練習してきたんだからさ。きっと淳史(あつし)は、俺たちのことを評価してると思うよ」  三年生の木村泰輔は、一緒に発生練習をした同級生・松尾玲(まつおあきら)に目配せしながら、自信満々に胸の内を語った。  泰輔は入部してからずっと役を与えられず、裏方の仕事ばかり任されていた。大道具担当としては他の部員から絶対的な信用があり、いつのまにか「裏方番長」またの名を「裏番」と呼ばれるようになっていった。  しかし、舞台に立つことを夢見て日々努力してきた泰輔にとって、「裏番」という言葉は不名誉以外の何物でもなかった。  三年生の泰輔にとっては、今回のコンクールが舞台に上がることのできる最後のチャンスであった。  練習時間が終わりに近づいた時、部長の武山淳史(たけやまあつし)がゆっくりと部室のドアをあけ、練習を続ける部員達の中に入って来た。 「練習、お疲れ様。みんな集まってくれ。これから、今度の演劇コンクールの配役を発表する」  その言葉を聞き、部員たちは歓声を上げて一斉に淳史の周りに詰めかけた。 「今回俺たちが演じるのは、こないだ台本を配布した『茶畑のプリンセス』だ。みんなこれまでしっかり台本を読み込み、各自練習を重ねてきたと思う。誰がどの役を割り当てられてもやりきれると、俺は信じている。それじゃ、これから配役を発表するからな」  そう言うと、淳史は手にしたファイルを開いた。  騒がしかった部員たちは一斉に静まり返り、かたずを飲んで自分たちの名前を呼ばれるのを待った。 「まずは主人公のクリスティーナは、村瀬(むらせ)めぐみ!」  部員からは、大きな歓声が沸いた。  めぐみは色白ですらりとした体型で、端正な顔つきをした美人である。また、幼いころからバレエを習っているせいか、動作が美しくしなやかであることから、「演劇部女子の絶対的エース」と言われていた。 「次は、クリスティーナの兄・チャールズは、この俺が務める」  すると、部室内にブーイングが沸き起こった。  所詮、淳史はめぐみを独り占めしたいんだろう?といいたげな声がちらほらと聞こえてきた。 「その次、伯爵のカモミルは藤井幹人(ふじいみきと)、その妻レモンは岡野未海(おかのみみ)、クリスティーナの執事アールグレイは志田海斗(しだかいと)、敵対するカーヒイ国の王子は佐久間祥(さくましょう)」  次々と配役が発表された。  呼び出された名前は、全て三年生のようであった。ということは、泰輔にも今回はチャンスがある!そう思うと、泰輔は胸を撫でおろした。 「あと1人、茶園の大地主のアッサム役は……」  ええ?あ、あと1人?残る三年生は、泰輔と玲だけであった。泰輔と玲は、お互いの顔を見合わせた。果たして、どちらが選ばれるのだろうか……泰輔の全身に緊張が走った。 「松尾玲、よろしく頼むぞ」  淳史の言葉を聞いた瞬間、泰輔の目の前は真っ暗になった。 「以上だ。名前を呼ばれたみんなは早速明日から台詞の練習に入るから、自分の役の所をよく読んでおくように」  そういうと淳史はニヤリと笑い、手を振って部室から出て行った。  部員達は結果を聞いた後、悲喜こもごもであったが、淳史の後を追うように次々と鞄を持って部室から出て行った。  泰輔は、誰もいない部室でただ1人立ち尽くしていた。  その時、泰輔と一緒に帰ろうと部室に戻ってきた玲が声を掛けた。 「おい、泰輔、どうしたんだよ?今日の練習終わったし、帰るぞ!」 「玲、先に帰れよ。俺……もう歩く気力も無いから」 「バカ、何言ってんだよ!他の部員は皆帰っちゃったぞ」 「俺は、これまで一体何のために練習をがんばってきたんだろう?」 「しょうがないよ、出られる人数は決まってんだから。大学に行ってからも、演劇を続ければいいじゃないか?」 「俺が演劇を続けている理由はただ1つ、舞台に上がることなんだよ!それ以外は全然意味が無いんだよ!」  そう言うと、泰輔は玲を振り切るように部室から走り去っていった。 「泰輔、どこに行くんだ!」 「これから淳史に直談判してくる!」 「だから、もう配役は決まったんだって!もう覆しようがないだろ!」  玲の言葉を背に受けながら、泰輔は部室のドアを勢いよく閉めると、町内にあるただ一つの図書館に向かった。  淳史は台本や演出を考える時、1人で図書館に籠ることが多い。直に自分の胸の内をぶつけてみたら、ひょっとしたら淳史の考えが変わるかも?というかすかな望みがあった。  図書館のドアを開けると、学習室の片隅でノートを開き、鉛筆を走らせる淳史の姿があった。 「やっぱり、ここにいたか!」  息を切らしながら、泰輔は学習室の中に入ると、勢いよく淳史の両肩を掴んだ。 「おい、淳史!何で俺の役がないんだ!他の三年生は皆、役が与えられているのに、何で俺だけが……!」  すると、淳史は口元に人差し指を立て、その後、周りを見ろよと言わんばかりに人差し指を横に向けた。 「あ……そうだよね。俺、うるさくしてごめんなさい!」  泰輔が頭を下げると、淳史は立ち上がり、泰輔の片袖を軽く引っ張った。 「表に行こう。話は聞くよ」  二人はそそくさと学習室を出て、図書館の出入口にある談話スペースのベンチに腰かけた。 「お前の言いたいことは分かってる。三年間休まずに練習したのに、何で役をもらえないんだってことだろ?」  淳史はクールな表情を浮かべながら答えた。 「な、何で分かってるんだ?だったら、ちゃんと俺に役を与えてくれたらいいじゃないか?」  すると淳史は口元を緩ませ、流し目で泰輔の顔を見つめた。 「じゃあ、チャンスを1つだけ、与えよう」  淳史は立ち上がると、泰輔を上から見下ろし、指さしながら語りだした。 「お前が考えた台本で、芝居をしてほしい。お前と、そして村瀬めぐみの二人だけでな。その芝居を部員全員が評価したら、という条件でいいか?」 「め、めぐみちゃんと!?」  泰輔の心臓は、突然高鳴りだした。  自分が高校最後の舞台に立てるかどうか、運命の勝負。  それも、演劇部女子の絶対的エース、村瀬めぐみとの二人芝居。  果たして、やり遂げることができるんだろうか……?
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