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2.羊が二匹
「看護士さん、またすっぽかすんだもん」
ベッドの中の少女はまともで、佐伯はまともにみることができないでいた。
「ごめんなさい、でも、深夜の二時に屋上で、なんて、僕は困るよ。守れないよ、そう言ったはずだけどな」
佐伯はベッドの下に置かれたスリッパをみる、「好きだ」の文字をみつけるまでにいつも「臥薪嘗胆」の文字が邪魔をする。
「また? 臥薪嘗胆、クラス委員の田辺さんが書いたのよ。テストの練習にしたのよ。あの人変わり者だから」
「違うよ、好きだの文字、その子に申し訳ないとも思ってね」
「だぁって、それ書いたの誰だかわからないんですもの。病気が治って学校へ行けたら探すつもり、それは少しだけ楽しみなのです。あ、でもサイダーにバニラアイス乗っけるよりかは、楽しみじゃないけど」
少女はストローで乳酸飲料を吸っていた。ジュジュ、紙パック容器の角に残った液体が多勢の空気に混ざり込んでうるさい。
「それぐらいなら喫茶室で奢ってあげられるのに」
佐伯が少女に体温計を渡しながら言うと、少女はウィンクをした。
「わかりました、デート、日曜日ね、深夜の一時半、喫茶室で」
「その時間、喫茶室は……」
二人は体温計を均一な力で引っ張り合っていた。佐伯が何故体温計を離さないでいるのか、少女にはなんとなく理解できた。
「聞こえなーーーーーーい」
パ。
少女は体温計を諦めて両の耳を塞ぐ。
佐伯は小さくため息をついて、仕事前の体温計を振った。窓の外からサキソフォンのメロディーが聴こえた。
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