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3.羊が三匹
――また、いない。看護士さん。約束したのになー。羊が331匹。
ファンシーなウサギのキャラクターがたくさん描かれた寝間着の袖をロールさせて少女は喫茶室の食品サンプルを眺めていた。
「僕はここにいるよ、君もここにいる、けど、二人の位相が異なっている。いそうでいない、ってね」
――奢ってやるって言ったくせに。クリームソーダ200円。さっすが市民病院の喫茶室、お子様ランチにオモチャは付いてこないけど格安激安、お客様は神様です、か。そーよ、死んだらみんな神様。私もぼちぼちね。羊が378匹。
目を閉じたまま、少女は記憶を歩いている。記憶の中のクリームソーダは気泡までサンプルに再現されているが、現物はそうでもない、静かな緑だった。
――でも違うんです。私が言ったのはサイダーのバニラアイス乗っけ。喫茶室のクリームソーダとは違うんだ。私が欲しているのは、病人の私が飲めるものじゃないのよ。わからない人ね。羊が401匹。
少女は目を閉じたままピラフのエビを勘定する。
――1匹、2匹、エビの数は、ええっとみえるとこだけですけど、8匹、うんお値段がお値段ですものね。羊が425匹、大丈夫、エビと羊の数は別腹です。羊が428匹。
「そうだったのか、なら言えばいいのに。君が元気な時に誰かが作ってくれたのかい? おうちの味。ちょっとだけ特別な、ちょっとだけ嬉しい味だったんだな」
看護士佐伯は少女がみつめる食品サンプルに懐中電灯の光を当てる。反射した自分の顔に驚きかけて、弾んだ心音はドックンドクンとホットドッグ180円を指差していた。
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