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4.羊が四匹
「またすっぽかす、私がオードリーならお金全部貰うところですよ」
少女はわざと頬を膨らませて言う。僅かに紅潮した頬に青さが点。
「ローマの休日?」
看護士佐伯は少女の包帯を取り換えていた。少女の膝は夢遊の後に時折擦り剝けていたから。
「大袈裟、バンソコでいいのに。そです、あのシーンが大好きなの。お金を分け合うでしょう。私、価値のわかりにくいお金って好き。落語や時代劇に出てくる一分銀とかさ、それで何が買えて、何ができるか良くわからないから、なんかねワクワクするの」
少女は佐伯の顔を窺うように見ていた。
「わかる気がする」
と、佐伯の共感を得て、軽くガッツポーズをしてみせる。
「ですよね」
「うん、千円札じゃ大体わかっちゃうからね」
「そう」
「じゃー、君は旅をするべきだ。早く眠れない病気を治してね」
「そう」
少女は窓の外に耳の神経を走らせた。体内時計の秒針が馬鹿になって全身の神経が剥き出しになっている。世界の薄いノリシロが少女にだけは分厚く重なる。
「旅、したいよね」
そう言って、また耳を走らせる。
少女の耳にヴェネチアのゴンドラが聴こえる。
「ちなみに僕は落語好きだからお勉強させてあげようか、一分銀はね……」
「オーノーノー、無粋なお人」
少女は耳を閉じた。ゴンドラがドプンと世界に沈む。
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