5.羊が五匹

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5.羊が五匹

 ナースステーションで看護士佐伯と看護師長羽鳥が話している。 「あの子は佐伯君には懐いているから」 「からかわれているだけですよ」 「ま、あの年頃にあるのよ、年上のお兄さんを手玉にしたくなる時期よ」 「いいんですけどね、いい子だから」 「聞き出せそうにないかしら? 警察にも何かわかったら報告するように言われているし」 「嫌です」 「即答ね」 「訊きたいなら羽鳥さんがどうぞ、僕はそんなことしたくないです」 「あのね、訊くことはもうたくさんやったのよ、警察も、私たちも、わかっているでしょう」 「はい」 「言えないっていうことはね、つまり、加害者は身内ってことよ?」 「そのケースが多いってだけじゃないですか」 「そうだけど」 「加害者、なんてどこにもいないのかもしれない、あの子が言うようにただ眠れないだけ、理由はわからない、それじゃいけないんですか?」 「だって、あの子、眠っているじゃない。なのに眠れない眠れない、私は羊、馬鹿な人間を眠らせる羊だなんて、そんで夜な夜な夢遊病されちゃね、なにか事故でもあったら、膝擦り剥く程度じゃ済まなくなったら」 「それは……」 「あなたが付いてるっていうの?」 「いえ」 「ちゃんと寝ないと、あなたまで病気になるわよ」 「これは推測ですけど」 「うん」 「眠ることを拒絶する、ということは」 「そーいうことよ、文字通り、セクシャルな意味合いよ」 「いえ、そうじゃないんです。その、具体的なことではなく、眠ることを拒絶するということは、怯えているということです、あの月明かりにも燃える太陽にも、区別なく風にも動物の鳴き声にも、恐怖しているってことです。眠るという無防備な状態に自分を置けない、それは何より、不安な状態なのに、あの子はずっとずっとそこにいるしかないんです」 「眠ると誰かに襲われたってことよね」 「だから、そうじゃないんです」  佐伯は医学書のページを繰りながら、一分銀の講釈を頭の中で捲し立てた。 ――一朱が二百五十文なんだ、それがよっつで一分になる、だから千文、落語の時代だと屋台のうどんが十六文だから、うどん六十二杯分ってことになるわけで……。
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