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9月。響いているのはチョークで黒板をなぞる音だけ。いつも通りの今日。だけど、僕にとっては特別だった。ふと横を見ると、僕の心は飛び跳ねた。君と出会ってから、「僕の世界」は明るくなった気がする。
「どうした?ぼーっとして」
少し、考え事をしているといつもの声が聞こえた。
「別に」
冷たい態度を彼に見せ、僕はまたすぐにうつむいた。優は高校でできた唯一の友達だった。人と付き合うのが苦手な僕に優しく接してくれる。僕の世界を創ってくれた人。
「今日、どこいくよ」
そんなことを考えているとは知らずに、優はいつも通り僕に話しかけた。
「いつものとこ、行くか」
「だな」
やっと顔を上げた僕と、いつも通りの優はいつもの駅前に向かう。いつも通り、いつも通り、ゆっくり。
「俺、好きな人いる」
10月。優がそう言ったその日の空は、少し暗かった。別に好きな人がいることは悪いことじゃないし、高校生だったら尚更、普通なのかもしれない。だけど優の好きな人は聞きたくなかった。聞かなくても分かるから。その子は誰よりも優しい人だ。彼女の名前は礼華。僕の世界を変えてくれた人だ。
彼女は誰にでも優しかった。話したことはほとんどない。しかし、人を選ばないその優しさがとてもかっこよく見えた。この気持ちが何なのか、分からない。でもそんな彼女から目が離せなかった。
「おはよう」
彼女と初めて話した時、僕は素直に嬉しかった。礼華は僕のことを何とも思ってないだろう。でも彼女の横顔を見ているだけで、僕は幸せだった。
「こんにちわ」
毎日、全員に欠かさず挨拶ができる。難しいことではないかも知れないが、そんな彼女の存在は間違いなくクラスを明るくしていた。
「さようなら」
1人でいる友達がいると、いつも話しかけに行く。
列から離れている友達がいると、少しだけスピードを落とす。彼女は僕の憧れだった。完璧な彼女を見ていると、自分が情けなく感じる。しかし、彼女を見ていると、目の前の景色は確実に変わっていた。
「おめでとう」
11月。優の誕生日は毎年祝っている。と言っても、まだ出会って3年なので祝うのは3回目だ。彼は嬉しそうに、ハンバーガーにかぶりつく。この店も出会ってから毎日のように来ている。静かな店内と、綺麗な景色、僕はとても気に入っていた。
「お前、礼華のこと、どう思う」
急な質問に、飲んでいたコーラを吹いてしまった。どう思うって言われても、、
「いい人、だと思うよ」
言葉を選ぶように、僕は小声でそう言った。
優が彼女の事を好きだということは知っている。だから僕は自分の気持ちに知らないふりをした。少しの間、沈黙が流れた。
「そっか」
優はそう言うとまた、ハンバーガーを食べ始めた。
「おめでとう」
僕はもう一度そう言う。
気がつけばもう外は真っ暗だった。冷たい地面に映る僕の影は、いつもより少し暗い気がする。
それから数日後、優と礼華は付き合った。
12月。窓から外を見ると、白い雪がゆっくりと空を舞っていた。僕の世界にも、冬がやってきた。2人は上手くやっているだろうか。小さくて暖かい水滴が僕の頬をなでる。
「おめでとう。」
寂しそうな空に向かってつぶやいた。
大好きな君へ、大好きだった彼女へ。
僕はいつも通りの道を歩く。
そんな2人の幸せを願って。
いつも通り、ゆっくり。
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