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十月十六日
真っ赤な夕暮れが辺りに広がっている。空のところどころに散らばる雲に不気味な影を作り出す。それは紫色に染まり、赤と紫が織り交ざった空はとても不気味だ。逢魔が時、この世ならざるものが跋扈する時。目の前には複数の人影。夕焼けによる逆光で顔や服装などを確認することはできない。
「〇〇、みーっけ」
その声に影の一人がバタっと倒れた。倒れた所から黒い液体がジワリと広がり、地面に吸収されていく。
「××、みーっけ」
その声に別の影がバタっと倒れた。ごろん、と頭が転がっていく。
「△△、みーっけ」
その声にまた別の影がバタっと倒れた。腕や足がおかしな方向に曲がっていて、まるでタコの様だ。
やめて、見つけないで。そんな願いも虚しく、みーっけ、と言われるたびに影が倒れていく。六つの影がすべて倒れると、残った影は一つだけ。それをじっと見つめていると影はじわじわと近寄って来る。
嫌だ、こっちに来ないで。いくらそう願っても影はどんどん近寄って来る。
「わすれないでね」
囁くような声。高い声は男の子か女の子かわからない。
「十月二十一日だよ、わすれないでね」
ドクドクといつもより速い鼓動は自分にも聞こえる。相手にもこの心臓の音が聞こえてしまうのではないかという恐怖が全身を支配する。聞こえていないだろうか、この音は。
「もし、やくそくをやぶったら」
逆光で見えないはずなのに、はっきりとその影がにたりと笑うのがわかった。ひゅ、っと息をのむ。
「やくそくをやぶったら――」
影が腕を伸ばしてくる。その腕は人間の腕とは思えないほど細くて長い。あの腕に捕まれたら終わりだ。でも何故か動くことができない。体を動かそうとしても動けない。見渡せば、自分は小さな箱に入っている。隙間なく詰め込まれているせいで抜け出すことができない。
腕がもうすぐそこまで、イヤだ、来ないで、いやだいやだいやだたすけて
自分の悲鳴で目が覚めた。文字通り飛び起きたのだ。ぜえぜえと荒い息を整えつつ周囲を見渡せばそこは寝室だ。時計を見れば明け方の三時過ぎ、まだ日も昇っていない。かけていた毛布が体に巻き付くように絡んでいる。寝返りを打っているうちに過剰に締め付けられていたようだ。息苦しさを感じあんな夢を見てしまったのだろう。
少し肌寒いはずの気温だが汗でびっしょりだった。喉が渇いたので水を取りに立ち上がる。しかし寝室の扉の前に何か黒い塊のようなものが見えてびくりと体を強張らせた。まさか、いる……? しかしすぐにゴミ箱であることを思い出し、小さくため息をついて部屋を出る。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと半分の量を一気に飲んだ。冷たい水が体全体を冷やしてくれるような気がする。シャワーを浴びようかと思ったが早朝から浴びるのも面倒なので軽く拭いて再び寝ることにした。
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