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その日の放課後、私と樹市は十日ぶりに演劇部の部室へと向かった。
気重な足取りで部室の前まで来た私たちは、お互いに顔を見合わせる。
「樹市、先にノックしてよ」
「なんで俺が」
「だって気まずいじゃないの、謹慎明けって。邦代部長にも何て言ったら良いのか」
「でもお前、ついこの前図書館で会ったんだろ、部長と」
「それはそれ。部長ってそういうプライベートとの線引きに厳しいのよ、部員の前だとなおさら」
「まあ、そりゃそうだけどさ……」
そんなことを廊下で言い合っていると、突然背後から声を掛けられる。
「何してんの、あんたたち」
驚いて振り返ると、そこに立っていたのは藤繁泰葉だった。
「泰葉……」
ダンボールの箱を両手で重そうに抱えたまま、泰葉は露骨に眉間に皺を寄せる。
「どいて。っていうかドア開けてよ。重たいんだから」
「あ……悪い」
樹市が慌てて扉を開けると、泰葉は大股で部室の中に入っていく。まだ誰も居ない部室の長机の上に無造作にダンボールを置いた後、泰葉は振り返ってぶっきらぼうに言う。
「部長なら居ないわよ。定期公演の打ち合わせで顧問に呼ばれてるから。稽古は一時間遅れで始めるんで、部員は直接稽古場に集合して自主練しとけってさ」
「……」
居心地が悪そうに部室の入口に佇む私たちに、泰葉は顎をしゃくって声を掛けてくる。
「何してんの、あんたたちも暇なら手伝いなさいよ。来年の準備で忙しいってのに、誰かさんたちが十日間も部活サボりやがるからね」
「……ごめん」
部室に入って泰葉の運んできたダンボールを開けると、そこにはこれまでの演劇部の何年分もの公演資料やパンフレットなどが乱雑に詰め込まれていた。
「あんたたちは謹慎中も気楽に遊び回ってたのかもしれないけど、私は厳重注意のうえに、保管庫にある資料をずっと整理させられてたんだからね。とんだとばっちりよ」
口調は相変わらずだが、泰葉がこの間のことを気にしている様子は見られなかった。
ダンボールから取り出した活動記録の冊子の埃を手で払いながら、泰葉が訊ねてくる。
「で、部長に何か話があったの?」
「……」
戸惑う私と樹市を上目遣いに見て、泰葉はふん、と鼻を鳴らす。
「二人して辞めるとか言わないでよね。子供じゃないんだから、人の迷惑くらい考えなさいよ」
「でも私たちが役職になったら、泰葉が演劇部辞めるって……」
「ああ、あれは単なるブラフよ。部長たちの困った反応をうかがってただけ。私が稽古場で捲し立てたら、みんな慌てふためくだろうってね」
そう言って、泰葉は無愛想にパンフレットの束を机の上に投げ出す。
「それに、あんたたちが戻ってくるのも計算のうちなんだから。あんたたちが謝る、私が渋々納得する振りをする、それで部長は私に頭が上がらなくなる、そういうシナリオで万事オウケイ」
邦代部長の口癖を真似する泰葉を見て、私と樹市は苦笑いする。どこまで本心なのかは分からないが、泰葉はこれ以上揉め事を大きくする気はないようだった。
「でも、どうしてそんなことを?」
私が訊ねると、泰葉は冊子の束をペラペラと捲りながら返す。
「そもそも私に内緒で結と瀬能に来年の役職の打診するなんてこと自体、ふざけてるからね。そう簡単に部長の思い通りにはさせないわよ」
おそらく準備室で邦代部長が私と樹市に役職の話をしたことを、泰葉はとっくに気付いていたのだろう。
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