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樹市と『神石わたり』の待ち合わせをした週末の午後、私は茜子と一緒に狐集神社へと向かっていた。
じりじりと焼けつくような陽射しの照りつける石段を、手で庇を作った茜子が見上げる。
「何よこの暑さは。まだ夏の初めだってのに、まったく参るわね」
「今日は部活は良かったの? もうすぐ夏の大会でしょ」
訊ねる私に、茜子は手をヒラヒラと宙に泳がせながら笑う。
「たまにはクールダウンしなくちゃね。顧問には山にトレイルランに行くって言っといたから」
「トレーニング? そもそも茜子って短距離でしょ」
「いいのいいの、ウチにとっては県大会よりも恋愛成就のご祈願の方が優先事項なの」
「あきれた」
溜め息をつく私の顔を、茜子が意味ありげな表情で覗き込んでくる。
「そんなこと言って、結局結も瀬能を誘ってるじゃないのさ」
「他に居なかったんだから、仕方ないでしょ」
「ま、そういうことにしておいてあげるけど。でも、あんたたちもちっとも進展しないわね。高校入ってから一年以上も一緒に居るのに、全然煮え切らないというか」
「そんなに簡単じゃないのよ。お互い知り過ぎてるっていうのも」
「ふうん。そんなもんかしらねえ。でも、あんたたちってさ……」
石段に足を掛けたまま、茜子は訝しげな表情で首をひねる。
「何よ、変な顔して」
「いや……何か前にも同じようなことがあった気がしただけ。デジャブってやつかしらね」
苦笑いを浮かべたまま、茜子は軽やかに石段を駆け上がっていく。
玉砂利の敷かれた参道に出ると、鳥居の脇の木陰に座り込んでいる樹市の姿が見えた。
「よう、お二人さん」
私たちの姿に気付いた樹市が、Tシャツの裾をばたばたと扇ぎながら手を挙げる。七分丈のズボンに斜めがけの小さなショルダーバッグという樹市の服装を見て、私は片眉を上げる。
「何よその格好。近所に買い物に行くんじゃないんだから」
「構わんだろ、暑いし」
「山を舐めたら死ぬわよ、あんた」
「結たちだって人のこと言えないだろ。何だよそのワンピースに底の厚いサンダルは」
「山登りって言っても中腹までだしね。そんなに険しい道でもないし」
「聞いて聞いて瀬能、こう見えても結ったらお洒落してきたのよ。狐岩にお参りに行くだけなのに、えらく着飾っちゃって」
「うるさいわよ、茜子」
強引に茜子の腕を引っ張って参道脇にある山道へと向かう私を見て、樹市はズボンの埃を払いながら立ち上がる。
「結と棚田だったら、熊だろうが悪漢だろうが余裕な気がするけどな」
「失礼ね。うら若き女子高生二人だけで山の中を放浪させる気? もし熊が出たら、樹市が尊い犠牲になりなさいよね」
「ボディガードの上に人柱か。厄除けというより厄日だな」
「その代わり、樹市が邦代部長に怒られそうになったらフォローしてあげるから。相利共生ってやつ」
「まったく、本当にしっかりしてるな」
頭を掻く樹市をよそに、陸上部らしく浅黒く日焼けした茜子が、先頭を切って樹木の生い茂る山道を駆け登る。
「二人とも知ってた? 管狐って、信心深くない者の居る家に七十五匹で取り憑いて、その家系ごと滅ぼしちゃうって話」
「確か、そんな言い伝えがあった気がするけど……」
「でもさ、管狐ってレベル的にはたいした妖怪じゃないんだろ? 確か竹の筒に入るほどの小さな物の怪だとか」
ポケットに手を突っ込んで歩く樹市の肩を、私は拳で小突く。
「罰当たりなこと言わないの。管狐の総本山よ、ここ」
「ああ……そういやそうだったな」
樹市は苦笑いしながら小さく肩をすくめる。
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