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「えっ、川瀬に?」
佐橋に頼まれ、
川瀬に講義のノートを渡す羽目になった。
「貸すなら貸すでちゃんとノートを取れ。
できないことを安請け合いするなよ」
「悪いな。それにしても、岸野は川瀬と
話したことないみたいだけど、高校から
一緒なんだろ?何かあったの?」
「何もないから話してない。あんな陽キャ、
僕が関わらなくても楽しく生きてくよ」
「ずいぶんな言い方だなあ。川瀬、めっちゃ
いい奴だよ。話してみればいいのに」
「別に話したくない。とりあえず、ノートを
貸せばいいんだな?佐橋、代償は払えよ」
「話したくないだなんて、言い切る岸野が
怖い。明日の学食のランチでいいの?」
「プラス、プリンもよろしく」
「はいはい」
佐橋と教室で別れ、
僕は川瀬が待つという中庭に向かった。
探すまでもなく、
川瀬は仲間に囲まれ、談笑していた。
「川瀬」
軽く手を上げ、彼らの輪の中に入った。
「岸野くん。待ってたよ。民法のノート、
貸してくれるんだね。ありがとう」
初めて話したとは思えないくらいの自然さで
川瀬に微笑まれ、僕は怯んでしまった。
「明日、返すよ。午後、またここでいい?」
「あ、はい」
居た堪れなくて、目も合わせられなかった。
ノートを渡すと、輪の外に出た。
そして振り向くことなく、中庭を抜ける。
ああ、落ち着かない。
早く自分を立て直したいと思っていた。
このノートを貸すだけの行為が、
その後の僕の人生が変わるきっかけに
なるとはその時は思いもせずに。
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