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苦手なタイプの最上位に君臨する川瀬を、
恋人と呼ぶことになるとは思わなかった。
「今日はたまたまバイトはなかったけど、
バイトで忙しいし、たぶん付き合っても
つまらないと思うけど」
あれから川瀬の自宅に連れ込まれた僕は、
川瀬の部屋でずっと手を握られている。
「というか、お前ベタベタし過ぎ。
逃げないから、手を離せ」
「嫌だ」
「あんなことしたら、噂の的じゃん。
どうすんの?騒がれたら」
「日頃から騒がれてるから、気にしないよ」
そう言えばこいつは、元々周りに人を侍らせ
騒がれている奴だった。
ペースを果てしなく崩されていると思った。
「あのさ」
「何?岸野くん」
「その、いつから僕のことを」
「高校で初めて同じクラスになった、
2年の時から」
「そんなに前から?」
「うん。ずっと話したかった」
「川瀬なら」
「え?」
「僕よりもハイレベルな奴を恋人にできる
んじゃないの?」
「岸野くんじゃなきゃ嫌だよ」
「あとさっき、付き合うって具体的に何を
って訊いたけど、マジでセックスするの」
「したい」
「川瀬と違って、経験ないし。
それに、どっちがどっちになるんだよ」
「もちろん、岸野くんが受けだよ。
それに僕だって誇れる程、経験多くないよ」
「もちろんって、僕はリスクだらけじゃん。
何で好き好んで、オトコに挿れられなきゃ
ならないんだよ」
「優しくするよ」
「そういうことじゃないから」
「じゃあ、キスならできそう?」
「初めてだから、何とも言えない」
というかマジで一回手を離せと言った僕に、
川瀬は寂しそうに唇を尖らせた。
「どうしたら、好きになってくれる?」
「あまりわがままを言わないでくれ」
「わかった、大人しくする」
やっと手を離されて、
汗をかいた掌をスラックスに擦り付けた。
「ねえ。岸野くん。キスしてみない?」
「おい」
「だって」
キミに触れていたいと川瀬に囁かれ、
溜息をついた。
「1度だけだぞ」
「うん」
川瀬の両肩を掴み、こちらを向かせた。
「え?岸野くんからしてくれるの」
「お前に任せたら、一生するとか言いそう
だし」
「当たり前じゃない?」
「1度で済ませるために、僕からするよ」
目を閉じてと川瀬に言って、顔を近づけた。
はあ、初めてのキスなのになあ。
そう思いながら、
川瀬の唇に自分の唇をつけた。
その瞬間。
ビリビリと胸の中に強烈な電気が流れた。
何だ?この感覚は。
驚き、川瀬から唇を離すと、
辺りがうっすらピンクに染まっている。
何度か瞬きをしてみたが、
ピンク色の空気はそのままで、
川瀬に呼びかけずにはいられなかった。
「川瀬、川瀬」
目を開け、僕を見た川瀬は、
この状況に焦りを感じる僕に気づき、
笑みを浮かべながらこう言った。
「岸野くん、もう遅いよ?どんな人でも
僕とキスしたら、恋に落ちる魔法を
かけておいたから」
「じゃあ、このピンク色の空気は」
「ああ、一生そのまま。しばらくしたら、
岸野くんもっと僕とキスしたくなるよ」
「嘘だろ?」
たぶんそれは嘘ではなかった。
この時点で既に、
ひたすら切ない感情が胸の中を流れていた。
ああ、僕はどうなってしまうんだ。
怖くなって、
川瀬を見ないように両手で顔を覆った。
「岸野くん」
しばらくして、
川瀬にぽんぽんと肩を軽く叩かれた。
顔を上げると、また川瀬と目が合った。
川瀬の言う通り、時間を追うごとに
川瀬のことが愛おしくなっている。
また触れたい、キスしたい。
その衝動に突き動かされ、
とうとう僕は川瀬を抱きしめた。
「川瀬‥‥頭がついていかない」
切なさを抱えたまま川瀬の髪に顔を埋めた。
「騙すようなことをしてごめんね。
できる限り、岸野くんに協力するから」
「かけた魔法を解く方法はないのか?」
「ない。今回ばかりは強烈」
「はあ‥‥もうどうでもいい。こんなにお前に
ドキドキするなんて思ってもみなかった」
左手で川瀬の耳たぶに触れながら、
意を決して顔を上げた。
再び川瀬に唇を寄せると、
僕は何度もそこにキスを落とした。
「岸野くん‥‥」
川瀬の僕を呼ぶ甘い囁きが、部屋に響いた。
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