流れる雲に君を問う

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「飛行機だ」  空気を振るわせながら、遙か上空に見える機影。どこか他の空港に向かう便なのだろう。オレンジ色の夕日がときおり機体に反射し、私達の目をくらませる。先輩が右手をついと伸ばし、空の一点を指さした。 「あれ、なんていう雲か知ってる?」 「……え?」  飛行機を見ているのではなかったのか。  彼は夏におなじみの入道雲ではなく、複雑に絡み合っている雲に人差し指を向けていた。 「えーと、ほうき雲、ですか?」  自信がないので首をかしげながら答える。と、先輩は一つ頷いた。 「うん、あたり。あの片方がハケで佩いたみたいになっているかすれたようなのがほうき雲。空の一番高い場所で、風が強いときにできる雲だよ。それで、あの辺がさ、二種類の雲が重なっているように見えない?」 「え? ああ、そうですね」  彼が指し示す二種類の雲は、大体四十五度くらいの角度で交差しているように見える。それぞれぶつかって壊れることはなく、すれ違うようにして違う方角へ流れて行く。  先輩は本を置き、両手の人差し指同士を交差させて、その角度を再現してみせた。 「あれは問答雲(もんどうぐも)って言ってさ、高さと風の向きが違うと起こる現象なんだ。ちなみに、問答雲が出ると雨になりやすいって言われてる」 「へえ……」  問答雲、と口の中でつぶやく。不思議な名前だ。でも、昨日もこんな感じの空模様だったかもしれない。  雨になりやすいのか。今日は晴れたけれど。  その後も、先輩は雲の名前をいくつか教えてくれた。雲間から差し込む光条は「天使のはしご」。雲が虹色に輝く「彩雲(さいうん)」。太陽の周りにできる光の輪の名前は「(かさ)」。  そんな他愛のない話をしていると、ふいに先輩が私を見て言った。 「ねえ。君、ドッペルゲンガーって知ってる?」 「…………」  デジャヴ三。 「それ、何か重要なことなんですか? 昨日も言ってましたよね」 「――え? そうだっけ?」  そう言って先輩は首をかしげた。物忘れもここまでくると心配になる。  しかし。 (ドッペルゲンガー、か)  自分とそっくりな姿をしたもの。分身だとか、生き霊だとか、見たら死ぬとか、そんな通り一遍の噂なら知っている。  なぜそんなにこだわるのだろう。もう一度先輩に聞こうとしたら、彼はスマホを持って空港の方へ行ってしまった。  電波状態のいい場所を探しに行ったのだろうか。彼の謎な言動に呆れていた私は、視線を空に戻して刻一刻と移り変わる雲の観察を続けた。  けれど、先輩はなかなか帰ってこない。  やがて、飛行機がもう一機、姿を見せた。今度は徐々に近づいてくる。昨日と同じ最終便かもしれない。さすがにこれを見逃したらかわいそうだと思い、立ち上がって探しに行く。  みはらしのいい公園だ。すぐに見つかるかと思いきや、どこにも姿は見当たらなかった。木陰に戻ると、彼が置いていったはずの本までもが無くなっている。 「? 先輩……?」  呼びかける声に応える人はなく、ただエンジンの立てる轟音だけが響く。  飛行機のつくる影が地面に落ちた。見上げた空には、飛行機に蹴散らされたのか、問答雲は見えなかった。
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